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にんじん
にんじん
原題POIL DE CAROTTE
著者
翻訳者岸田 国士
文字遣い新字新仮名
底本 「にんじん」 岩波文庫、岩波書店
1950(昭和25)年4月1日、1976(昭和51)年2月16日第31刷改版
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2014-08-13 / 2014-09-16
長さの目安約 205 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#挿絵]
[#改ページ]




[#挿絵]

 ルピック夫人はいう――
「ははあ……オノリイヌは、きっとまた鶏小舎の戸を閉めるのを忘れたね」
 そのとおりだ。窓から見ればちゃんとわかるのである。向こうの、広い中庭のずっと奥のほうに、鶏小舎の小さな屋根が、暗闇の中に、戸の開いているところだけ、黒く、四角く、くぎっている。
「フェリックスや、お前ちょっと行って、閉めて来るかい」
と、ルピック夫人は、三人の子供のうち、一番上の男の子にいう。
「僕あ、鶏の世話をしにここにいるんじゃないよ」
 蒼白い顔をした無精で、臆病なフェリックスがいう。
「じゃ、お前は、エルネスチイヌ?」
「あら、母さん、あたし、こわいわ」
 兄貴のフェリックスも、姉のエルネスチイヌも、ろくろく顔さえ上げないで返事をする。二人ともテーブルに肱をついて、ほとんど額と額とをくっつけるようにしながら、夢中で本を読んでいる。
「そうそう、なんてあたしゃ馬鹿なんだろう」と、ルピック夫人はいう――「すっかり忘れていた。にんじん、お前いって鶏小舎を閉めておいで」
 彼女は、こういう愛称で末っ子を呼んでいた。というのは、髪の毛が赤く、顔じゅうに雀斑があるからである。テーブルの下で、何もせずに遊んでいたにんじんは、突っ立ちあがる。そして、おどおどしながら、
「だって、母さん、僕だってこわいよ」
「なに?」と、ルピック夫人は答える――「大きななりをして……。嘘だろう。さ、早く行くんですよ」
「わかってるわ。そりゃ、強いったらないのよ。まるで牡羊みたい……」
 姉のエルネスチイヌがいう。
「こわいものなしさ、こいつは……。こわい人だってないんだ」
と、これは兄貴のフェリックスである。
 おだてられて、にんじんは反り返った。そういわれて、できなければ恥だ。彼は怯む心と闘う。最後に、元気をつけるために、母親は、痛いめに遭わすといい出した。そこで、とうとう――
「そんなら、明りを見せてよ」
 ルピック夫人は、知らないよという恰好をする。フェリックスは、鼻で笑っている。エルネスチイヌが、それでも、可哀そうになって、蝋燭をとりあげる。そしてにんじんを廊下のとっぱなまで送って行く。
「ここで待っててあげるわ」
 が、彼女は、怖じ気づいて、すぐ逃げ出す。風が、ぱっと来て、蝋燭の火をゆすぶり、消してしまったからである。にんじんは、尻っぺたに力を籠め、踵を地べたにめり込ませて、闇の中で、ぶるぶる顫え出す。暗いことといったら、それこそ、盲になったとしか思えない。おりおり、北風が、冷たい敷布のようにからだを包んで、どこかへ持って行こうとする。狐か、それともあるいは狼が、指の間や頬ぺたに息をふきかけるようなことはないか。いっそ、頭を前へ突き出し、鶏小舎めがけて、いいかげんに駈け出したほうがましだ。そこには、隠れるところがあるからだ。手…

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