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瀕死の探偵
ひんしのたんてい
作品ID50718
原題THE ADVENTURE OF THE DYING DETECTIVE
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者東 健而 / 大久保 ゆう
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2009-12-19 / 2022-11-25
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ハドソン夫人――彼女はシャーロック・ホームズの家主であるが、辛抱強い女性である。二階の部屋には四六時中、おかしな、しかも大抵は歓迎できない連中が上がり込むばかりでなく、その居住者ときたら生活が突飛で不規則で、これにはさすがの彼女もあきれ顔だったろう。ホームズは信じられないほどだらしないし、とんでもない時間に楽器をかき鳴らす。室内での気まぐれな射撃訓練、時々異臭さえする妙な化学実験。それに加えて身辺には血と危険の匂いがするというのだから、ロンドン一最低の下宿人だ。だが一方で払いが良かった。私と同居していた時期の家賃をまとめれば、軽くあの家を買い取れたに相違ない。
 家主はホームズに畏敬の念を抱いており、なす事がいかに常識に反していても、一言も口を挟もうとしなかった。それに彼女はホームズのことが好きだった。女性に対して非常に優しく、礼節を持って接したからだ。ホームズは一般に言う「女」を嫌い、信用しなかったが、それは常に対等な相手と見て、騎士たらんとしたからだ。彼女のホームズを慕う心は本物であると知っていたので、私の元を訪れてまで話す彼女の言葉に、私は耳を傾けたのであった。それは私が結婚して二年経った頃のことで、我が友人が今や哀れ、見るに堪えない状態に陥っているという話だった。
「今にも死にそうですの、ワトソンさま。」とハドソン夫人は言った。「この三日というもの、やつれる一方で、今日一日生きられますかどうか。それなのに医者は呼ぶなと。今朝などは頬がこけて、目をぎょろつかせるものですから、居ても立ってもいられなくなって。『お許しがあろうとなかろうと、ホームズさま、この足でお医者さまを呼びに参ります。』とわたくしは申し上げました。すると『ならばワトソンを。』とおっしゃいまして。片時も目を離したくはありません。死に目にお会いになれないかも。」
 驚いた。今まで病気など一度もなかった彼のことだ。何も言わず外套と帽子をひっかけ、私は車中、事情を教えてくれと頼んだ。
「お話しできることがほとんどなくて。ちょうどロザハイズに出向して事件をお手がけで、河近くの並木道です。そこからこの病気をお持ち帰りに。水曜の午後から床にお就きになったまま、寝たきりなんです。この三日間は、喉に何もお通しになさらず。」
「そんな! どうして今まで医者を?」
「お止めになるのです。あの方、強情でしょう? ですから押し切れなくて。でも、もう永くはございません。わかります、ご覧になれば、すぐ。」
 確かに本人は、見るも無惨な有様だった。霧深い十一月の日の薄明かりだ、病室は陰気な所となり、さらに寝台から私へ向けられた憔悴の顔が、私の肝を冷やす。熱のために目に力が入りすぎ、両頬には消耗性紅潮が見られ、唇は変色した瘡蓋が。布団の上で、手は絶えず痙攣し、声も枯れて途切れ途切れだ。私が入室したとき、ぴくりともしな…

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