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台川
だいかわ
作品ID50764
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「イーハトーボ農学校の春」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年3月25日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-10-07 / 2023-07-08
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

〔もうでかけましょう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる。腰をおろしたみじかい草。かげろうか何かゆれている。かげろうじゃない。網膜が感じただけのその光だ。
〔さあでかけましょう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分も待ったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりして爽かでよかったが。
これからまたここへ一遍帰って十一時には向うの宿へつかなければいけないんだ。「何処さ行ぐのす。」そうだ、釜淵まで行くというのを知らないものもあるんだな。〔釜淵まで、一寸三十分ばかり。〕
おとなしい新らしい白、緑の中だから、そして外光の中だから大へんいいんだ。天竺木綿、その菓子の包みは置いて行ってもいい。雑嚢や何かもここの芝へおろしておいていい行かないものもあるだろうから。
「私はここで待ってますから。」校長だ。校長は肥ってまっ黒にいで立ちたしかにゆっくりみちばたの草、林の前に足を開いて投げ出している。
〔はあ、では一寸行って参ります。〕木の青、木の青、空の雲は今日も甘酸っぱく、足なみのゆれと光の波。足なみのゆれと光の波。
粘土のみちだ。乾いている。黄色だ。みち。粘土。
小松と林。林の明暗いろいろの緑。それに生徒はみんな新鮮だ。
そしてそうだ、向うの崖の黒いのはあれだ、明らかにあの黒曜石の dyke だ。ここからこんなにはっきり見えるとは思わなかったぞ。
よしうまい。
〔向うの崖をごらんなさい。黒くて少し浮き出した柱のような岩があるでしょう。あれは水成岩の割れ目に押し込んで来た火山岩です。黒曜石です。〕ダイクと云おうかな。いいや岩脈がいい。〔ああいうのを岩脈といいます。〕わかったかな。
〔わかりましたか。向うの崖に黒い岩が縦に突き出ているでしょう。
あれは水成岩のなかにふき出した火成岩ですよ。岩脈ですよ。あれは。〕
ゆれてるゆれてる。光の網。
〔この山は流紋凝灰岩でできています。石英粗面岩の凝灰岩、大へん地味が悪いのです。赤松とちいさな雑木しか生えていないでしょう。ところがそのへん、麓の緩い傾斜のところには青い立派な闊葉樹が一杯生えているでしょう。あすこは古い沖積扇です。運ばれてきたのです。割合肥沃な土壌を作っています。木の生え工合がちがって見えましょう。わかりましょう。〕わかるだろうさ。けれどもみんな黙って歩いている。これがいつでもこうなんだ。さびしいんだ。けれども何でもないんだ。
後ろで誰かこごんで石ころを拾っているものもある。小松ばやしだ。混んでいる。このみちはずうっと上流まで通っているんだ。造林のときは苗や何かを一杯つけた馬がぞろぞろここを行くんだぞ。
〔志戸平のちかく豊沢川の南の方に杉のよくついた奇麗な山があるでしょう。あすことこことはとても木の生え工合や較べにも何にもならないでしょう。向うは安山岩の集塊岩、こっちは流紋凝灰岩…

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