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麻を刈る
あさをかる
作品ID50768
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「時事新報 第一五五二九号~一五五四四号」時事新報社、1926(大正15)年9月23日~10月8日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2018-02-02 / 2018-01-27
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 明治十二三年頃の出版だと思ふ――澤村田之助曙双紙と云ふ合卷ものの、淡彩の口繪に、黒縮緬の羽織を撫肩に引つ掛けて、出の衣裝の褄を取つた、座敷がへりらしい、微醉の婀娜なのが、俥の傍に彳ずんで、春たけなはに、夕景色。瓦斯燈がほんのり點れて、あしらつた一本の青柳が、裾を曳いて、姿を競つて居て、唄が題してあつたのを覺えて居る。曰く、(金子も男も何にも入らぬ微醉機嫌の人力車)――少々間違つて居るかも知れないが、間違つて居れば、其の藝妓の心掛で、私の知つた事ではない。何しろ然うした意氣が唄つてあつた。或は俥のはやりはじめの頃かも知れない。微醉を春の風にそよ/\吹かせて、身體がスツと柳の枝で宙に靡く心持は、餘程嬉しかつたものと見える。
 今時バアで醉拂つて、タクシイに蹌踉け込んで、いや、どツこいと腰を入れると、がた、がたんと搖れるから、脚を蟇の如く踏張つて――上等のは知らない――屋根が低いから屈み腰に眼を据ゑて、首を虎に振るのとは圖が違ふ。第一色氣があつて世を憚らず、親不孝を顧みざる輩は、男女で相乘をしたものである。敢て註するに及ばないが、俥の上で露呈に丸髷なり島田なりと、散切の……惡くすると、揉上の長い奴が、肩を組んで、でれりとして行く。些と極端にたとへれば、天鵞絨の寢臺を縱にして、男女が處を、廣告に持歩行いたと大差はない。
 自動車に相乘して、堂々と、淺草、上野、銀座を飛ばす、當今の貴婦人紳士と雖も、これを見たら一驚を吃するであらう。誰も口癖に言ふ事だが、實に時代の推移である。だが其のいづれの相乘にも、齊しく私の關せざる事は言ふまでもない。とにかく、色氣も聊か自棄で、穩かならぬものであつた。
 ――(すきなお方と相乘人力車、暗いとこ曳いてくれ、車夫さん十錢はずむ、見かはす顏に、その手が、おつだね)――恁う云ふ流行唄さへあつた。おつだね節と名題をあげたほどである。何にしろ人力車はすくなからず情事に交渉を持つたに相違ない。
 金澤の人、和田尚軒氏著。郷土史談に採録する、石川縣の開化新開、明治五年二月、其の第六號の記事に、
先頃大阪より歸りし人の話に、彼地にては人力車日を追ひ盛に行はれ、西京は近頃までこれなき所、追々盛にて、四百六輌。伏見には五十一輌なりと云ふ。尚ほ追々増加するよし……其處で、東京府下は總數四萬餘に及ぶ。
 と記して、一車の税銀、一ヶ月八匁宛なりと載せてある。勿論、金澤、福井などでは、俵藤太も、頼光、瀧夜叉姫も、まだ見た事もなかつたらう。此の東京の四萬の數は多いやうだけれども、其の頃にしろ府下一帶の人口に較べては、辻駕籠ほどにも行渡るまい、然も一ヶ月税銀八匁の人力車である。なか/\以て平民には乘れさうに思はれぬ。時の流行といへば、別して婦人が見得と憧憬の的にする……的となれば、金銀相輝く。弓を學ぶものの、三年凝視の瞳には的の虱も其の大きさ車輪である。從つて、…

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