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リギ山上の一夜
リギさんじょうのいちや
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆72 夜」 作品社
1988(昭和63)年10月25日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-07-13 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 瑞西の首都 Z[#挿絵]rich をば午後二時十分発の急行列車で立った。そして、方嚮を東南に取り、いわば四方から湖に囲まれたという姿の、Rigi の山上に一夜泊ろうとしたのであった。
 汽車の立つ時、窓から首を出して見ていると、向うの丘陵に家のたて込んでいる工合は丁度長崎を思わせるようなところがあった。汽車は急いで走った。だんだん山地になり、その起伏の工合が如何にも鮮媚であるのが通常ではない。遥かの谷間から出て来る川の水は濁って勢づいて流れていた。
 それから汽車は Zuger See の湖に沿うて南下した。その湖畔には綺麗で小さっぱりとした村落などが見える。長い短い隧道を幾つかくぐり、隧道を出ると電気工場などがあった。すでに峻峰が見え出して来て、その裾に雲がかたまり薄く藍の色に見えている。午後三時頃 Zug という駅に著いた。ここは前面には湖を眺め、うしろに山を負うた村であった。そこらを通るとき、どうも瑞西の住民は独墺人などとは人種の違うところがある。猶太人などと共通の顔貌をした者が幾らもいるなどと思ったのであった。ただ鼻が大きく眉の濃い者がいて、それが山人さびた重厚の感じを与えた。
 Arth-Goldau というところからいよいよ登山車に乗り換えた。山に登るに従って眼界がひろくなり、西北の方にも、東南の方にも湖が見える。そうして、湖の水の光っているところ、影になって紺青に黝ずんでいるところ、そういう趣が段々と変って行った。紅葉した木々もそろそろ見えるようになった。高い峰の方から流れて来る水が滝となって懸かっているところもある。頸に鈴をつけた牛が直ぐ近くにいて、耳を動かしてこちらを見ていたり、幾つかの鈴の音が下の谿の方で鳴るのが聞こえたりした。そういう牧牛がこの山に五千からいるそうであった。実用向の鈴が、遍歴する旅人の耳には実用向でなくきこえる。一体、「仮感」とか「仮象」とかいう審美論者の説にも、やはり根ざすところがあるのである。
 紅い木の実が固まって見えていた。東洋の山水画家が人頭よりも大きい紅い丸を幾つも木の枝に画いているのにも、自然写生に根ざすところがあった。或る時は、綿のような雲の上に夕陽を受けた雪山が見えたり、光を受けぬものは鋭く黒く見えたりした。
 頂上までには幾つかの停車場があった。頂上に行くまでの山水が既によかった。Rigi-Staffel, Rigi-Kl[#挿絵]sterli などいうところを通って、Rigi-Kulm に著いたのは、太陽の傾きかけた頃であった。そこの旅舎は立派で大きかった。旅舎に著いて洋傘のないのに気附き慌てていると、同車して来た外国の旅人が洋傘を持って来てくれた。旅人はやや老いた夫婦でルマニアあたりの者であった。旅舎の部屋は立派なのは幾つもあるが、幾つか見て廻って十八フランケンのに極めた。当時の相場で邦貨…

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