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くさびら
くさびら
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-14 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 御馳走には季春がまだ早いが、たゞ見るだけなら何時でも構はない。食料に成る成らないは別として、今頃の梅雨には種々の茸がによき/\と野山に生える。
 野山に、によき/\、と言つて、あの形を想ふと、何となく滑稽けてきこえて、大分安直に扱ふやうだけれども、飛んでもない事、あれでなか/\凄味がある。
 先年、麹町の土手三番町の堀端寄に住んだ借家は、太い濕氣で、遁出すやうに引越した事がある。一體三間ばかりの棟割長屋に、八疊も、京間で廣々として、柱に唐草彫の釘かくしなどがあらうと言ふ、書院づくりの一座敷を、無理に附着けて、屋賃をお邸なみにしたのであるから、天井は高いが、床は低い。――大掃除の時に、床板を剥すと、下は水溜に成つて居て、溢れたのがちよろ/\と蜘蛛手に走つたのだから可恐い。此の邸……いや此の座敷へ茸が出た。
 生えた……などと尋常な事は言ふまい。「出た」とおばけらしく話したい。五月雨のしと/\とする時分、家内が朝の間、掃除をする時、縁のあかりで氣が着くと、疊のへりを横縱にすツと一列に並んで、小さい雨垂に足の生えたやうなものの群り出たのを、黴にしては寸法が長し、と横に透すと、まあ、怪しからない、悉く茸であつた。細い針ほどな侏儒が、一つ/\、と、歩行き出しさうな氣勢がある。吃驚して、煮湯で雜巾を絞つて、よく拭つて、先づ退治た。が、暮方の掃除に視ると、同じやうに、ずらりと並んで揃つて出て居た。此が茸なればこそ、目もまはさずに、じつと堪へて私には話さずに祕して居た。私が臆病だからである。
 何しろ梅雨あけ早々に其家は引越した。が、……私はあとで聞いて身ぶるひした。むかしは加州山中の温泉宿に、住居の大圍爐裡に、灰の中から、笠のかこみ一尺ばかりの眞黒な茸が三本づゝ、續けて五日も生えた、と言ふのが、手近な三州奇談に出て居る。家族は一統、加持よ祈祷よ、と青くなつて騷いだが、私に似ない其主人、膽が据つて聊かも騷がない。茸だから生えると言つて、むしつては捨て、むしつては捨てたので、やがて妖は留んで、一家に何事の觸りもなかつた――鐵心銷怪。偉い!……と其の編者は賞めて居る。私は笑はれても仕方がない。成程、其の八疊に轉寢をすると、とろりとすると下腹がチクリと疼んだ。針のやうな茸が洒落に突いたのであらうと思つて、もう一度身ぶるひすると同時に、何うやら其の茸が、一づゝ芥子ほどの目を剥いて、ぺろりと舌を出して、店賃の安値いのを嘲笑つて居たやうで、少々癪だが、しかし可笑い。可笑いが、氣味が惡い。
 能の狂言に「茸」がある。――山家あたりに住むものが、邸中、座敷まで大な茸が幾つともなく出て祟るのに困じて、大峰葛城を渡つた知音の山伏を頼んで來ると、「それ、山伏と言つぱ山伏なり、何と殊勝なか。」と先づ威張つて、兜巾を傾け、いらたかの數珠を揉みに揉んで、祈るほどに、祈るほどに、祈れば祈るほど、大な茸…

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