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五月より
ごがつより
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-14 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

五月

 卯の花くだし新に霽れて、池の面の小濁り、尚ほ遲櫻の影を宿し、椿の紅を流す。日闌けて眠き合歡の花の、其の面影も澄み行けば、庭の石燈籠に苔やゝ青うして、野茨に白き宵の月、カタ/\と音信るゝ鼻唄の蛙もをかし。鄙はさて都はもとより、衣輕く戀は重く、褄淺く、袖輝き風薫つて、緑の中の涼傘の影、水にうつくしき翡翠の色かな。浮草、藻の花。雲の行方は山なりや、海なりや、曇るかとすれば又眩き太陽。

六月

 遠近の山の影、森の色、軒に沈み、棟に浮きて、稚子の船小溝を飛ぶ時、海豚は群れて沖を渡る、凄きは鰻掻く灯ぞかし。降り暮す昨日今日、千騎の雨は襲ふが如く、伏屋も、館も、籠れる砦、圍まるゝ城に似たり。時鳥の矢信、さゝ蟹の緋縅こそ、血と紅の色には出づれ、世は只暗夜と侘しきに、烈日忽ち火の如く、窓を放ち襖を排ける夕、紫陽花の花の花片一枚づゝ、雲に星に映る折よ。うつくしき人の、葉柳の蓑着たる忍姿を、落人かと見れば、豈知らんや、熱き情思を隱顯と螢に涼む。君が影を迎ふるものは、たはれ男の獺か、あらず、大沼の鯉金鱗にして鰭の紫なる也。

七月

 山に、浦に、かくれ家も、世の状の露呈なる、朝の戸を開くより、襖障子の遮るさへなく、包むは胸の羅のみ。消さじと圍ふ魂棚の可懷しき面影に、はら/\と小雨降添ふ袖のあはれも、やがて堪へ難き日盛や、人間は汗に成り、蒟蒻は砂に成り、蠅の音は礫と成る。二時さがりに松葉こぼれて、夢覺めて蜻蛉の羽の輝く時、心太賣る翁の聲は、市に名劍を鬻ぐに似て、打水に胡蝶驚く。行水の花の夕顏、納涼臺、縁臺の月見草。買はん哉、甘い/\甘酒の赤行燈、辻に消ゆれば、誰そ、青簾に氣勢あり。閨の紅麻艷にして、繪團扇の仲立に、蚊帳を厭ふ黒髮と、峻嶺の白雪と、人の思は孰ぞや。

八月

 月のはじめに秋立てば、あさ朝顏の露はあれど、濡るゝともなき薄煙、軒を繞るも旱の影、炎の山黒く聳えて、頓て暑さに崩るゝにも、熱砂漲つて大路を走る。なやましき柳を吹く風さへ、赤き蟻の群る如し。あれ、聞け、雨乞の聲を消して、凄じく鳴く蝉の、油のみ汗に滴るや、ひとへに思ふ、河海と山岳と。峰と言ひ、水と呼ぶ、實に戀人の名なるかな。神ならず、仙ならずして、然も其の人、彼處に蝶鳥の遊ぶに似たり、岨がくれなる尾の姫百合、渚づたひの翼の常夏。

九月

 宵々の稻妻は、火の雲の薄れ行く餘波にや、初汐の渡るなる、海の音は、夏の車の歸る波の、鼓の冴に秋は來て、松蟲鈴蟲の容も影も、刈萱に萩に歌を描く。野人に蟷螂あり、斧を上げて茄子の堅きを打つ、響は里の砧にこそ。朝夕の空澄み、水清く、霧は薄く胡粉を染め、露は濃く藍を溶く、白群青の絹の花野原に、小さき天女遊べり。纖きこと縷の如し玉蜻と言ふ。彼の女、幽に青き瓔珞を輝かして舞へば、山の端の薄を差覗きつゝ、やがて月明かに出づ。

十月

 君知るや、夜寒の衾薄ければ、怨は深き後朝…

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