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カフエ・ミネルワ
カフエ・ミネルワ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻3 珈琲」 作品社
1991(平成3)年5月25日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-07-13 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 森鴎外の作、「うたかたの記」といふ短篇は、ミユンヘンを場面として、巨勢といふ若い日本洋画家と、マリイといふ独逸少女との恋愛を物語り、少女は湖水に溺れて、『少女は蘇らず。巨勢は老女と屍の傍に夜をとほして、消えて迹なきうたかたのうたてき世を喞ちあかしつ』といふに終る、まことに可憐な小説である。これは夙に水沫集に収められて多くの人に読まれた。そこで、巨勢といふ洋画家は原田直二郎をモデルにして書いたものだといふことをも、既に普く人の知るところとなつてゐる。
 この小説は単にこの可憐な恋愛を叙してゐるのみでなく、当時狂人となつてゐた国王の Ludwig 二世と、その侍医であつた Gudden との事件をも配してゐる。Gudden は当時すでに独逸第一流の精神病学者だつたので、この小説を私は忘れずにゐた。国王は狂してゐたので、Starnberg 湖畔の Berg の離宮に静養中、湖水に溺れて死に、それを止めようとした侍医も同時に死んだ。侍医の屍には爪痕があつて国王と争闘した形跡があつたけれども、その真相が誰にも分からなかつた。その真相の臆測に就いて細々と論じた文章をば私は専門の雑誌のうへで読んだことがある。併しそれは、侍医が国王に対して他意あつたのではないといふ証明みたやうなものに過ぎなかつたやうである。
 この小説にも、『新聞号外には、王の屍見出しつるをりの模様に、さまざまの臆説附けて売るを、人々争ひて買ふ』とは云つてゐるが、国王の死んだ真相をば、この少女に関聯せしめてゐる。そこがこの小説の面白い点でもあるのである。
 少女は、『美術学校にて雛形となる少女ハンスルといふ娘』であるが、小説ではスタインバハといふ名を得た画工の娘といふことにしてある。また国王は娘の母に恋慕したことがあるので、その因縁が年頃になつた娘にも繋つたといふのが、この小説の一面の骨子である。この魯曼的な、幼稚なごとくであつてなほ棄てがたいのは、さういふ厳しい遺伝の理法にも触れて居り、作者は年若に似ず細かい西洋学をも理会し得たといふことに注意せねばならぬのである。
 作は、カフエ・ミネルワといふ珈琲店の場面から始まつてゐる。私はミユンヘンに留学中、その前半は業房の為事に追はれて、何事をも顧る暇がなかつた。大正十三年のはじめに、ふと、Caf[#挿絵]Minerva の事を想起して、この珈琲店を訪ねて見ようとおもつた。
 さてミユンヘン案内書を検しても既にさういふ珈琲店の名は無かつた。そこで或る日曜の午後に、ひとりして美術学校の前を通つて見たが、美術学生のための道具店は閉ぢてゐるし、その近くには珈琲店らしいものは一つもなかつた。ただ、食店らしいものがあり、その戸が閉ぢて、窓際のところに腰掛などを高く積重ねてあるに過ぎない。窓の下の方には雪が積んで細い氷柱が垂下がつてゐる。私は失望して踵をかへした。
 そ…

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