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湯どうふ
ゆどうふ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-10-17 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昨夜は夜ふかしをした。
 今朝……と云ふがお午ごろ、炬燵でうと/\して居ると、いつも來て囀る、おてんばや、いたづらツ兒の雀たちは、何處へすツ飛んだか、ひつそりと靜まつて、チイ/\と、甘えるやうに、寂しさうに、一羽目白鳥が鳴いた。
 いまが花の頃の、裏邸の枇杷の樹かと思ふが、もつと近い。屋根には居まい。ぢき背戸の小さな椿の樹らしいなと、そつと縁側へ出て立つと、その枇杷の方から、斜にさつと音がして時雨が來た。……
 椿の梢には、つい此のあひだ枯萩の枝を刈つて、その時引殘した朝顏の蔓に、五つ六つ白い實のついたのが、冷く、はら/\と濡れて行く。
 考へても見たが可い。風流人だと、鶯を覗くにも行儀があらう。それ鳴いた、障子を明けたのでは、めじろが熟として居よう筈がない。透かしても、何處にもその姿は見えないで、濃い黄に染まつた銀杏の葉が、一枚ひら/\と飛ぶのが見えた。
 懷手して、肩が寒い。
 かうした日は、これから霙にも、雪にも、いつもいゝものは湯豆府だ。――昔からものの本にも、人の口にも、音に響いたものである。が、……此の味は、中年からでないと分らない。誰方の兒たちでも、小兒で此が好きだと言ふのは餘りなからう。十四五ぐらゐの少年で、僕は湯どうふが可いよ、なぞは――説明に及ばず――親たちの注意を要する。今日のお菜は豆府と云へば、二十時分のまづい顏は當然と言つて可い。
 能樂師、松本金太郎叔父てきは、湯どうふはもとより、何うした豆府も大のすきで、從つて家中が皆嗜[#ルビの「たしな」は底本では「たし」]んだ。その叔父は十年ばかり前、七十一で故人になつたが、尚ほその以前……米が兩に六升でさへ、世の中が騷がしいと言つた、諸物價の安い時、月末、豆府屋の拂が七圓を越した。……どうも平民は、すぐに勘定にこだはるやうでお恥かしいけれども、何事も此の方が早分りがする。……豆府一挺の値が、五厘から八厘、一錢、乃至二錢の頃の事である。……食つたな! 何うも。……豆府屋の通帳のあるのは、恐らく松本の家ばかりだらうと言つたものである。いまの長もよく退治る。――お銚子なら、まだしもだが、催、稽古なんど忙しい時だと、ビールで湯どうふで、見る/\うちに三挺ぐらゐぺろりと平らげる。當家のは、鍋へ、そのまゝ箸を入れるのではない。ぶつ/\と言ふやつを、椀に裝出して、猪口のしたぢで行る。何十年來馴れたもので、つゆ加減も至極だが、しかし、その小兒たちは、皆知らん顏をしてお魚で居る。勿論、そのお父さんも、二十時代には、右同斷だつたのは言ふまでもない。

 紅葉先生も、はじめは「豆府と言文一致は大嫌だ。」と揚言なすつたものである。まだ我樂多文庫の發刊に成らない以前と思ふ……大學へ通はるゝのに、飯田町の下宿においでの頃、下宿の女房さんが豆府屋を、とうふ屋さんと呼び込む――小さな下宿でよく聞える――聲がすると、「媼…

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