えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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露宿
ろしゅく
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-10-17 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二日の眞夜中――せめて、たゞ夜の明くるばかりをと、一時千秋の思で待つ――三日の午前三時、半ばならんとする時であつた。……
 殆ど、五分置き六分置きに搖返す地震を恐れ、また火を避け、はかなく燒出された人々などが、おもひおもひに、急難、危厄を逃げのびた、四谷見附そと、新公園の内外、幾千萬の群集は、皆苦き睡眠に落ちた。……殘らず眠つたと言つても可い。荷と荷を合せ、ござ、筵を鄰して、外濠を隔てた空の凄じい炎の影に、目の及ぶあたりの人々は、老も若きも、算を亂して、ころ/\と成つて、そして萎たやうに皆倒れて居た。
 ――言ふまでの事ではあるまい。昨日……大正十二年九月一日午前十一時五十八分に起つた大地震このかた、誰も一睡もしたものはないのであるから。
 麹町、番町の火事は、私たち鄰家二三軒が、皆跣足で逃出して、此の片側の平家の屋根から瓦が土煙を揚げて崩るゝ向側を駈拔けて、いくらか危險の少なさうな、四角を曲つた、一方が廣庭を圍んだ黒板塀で、向側が平家の押潰れても、一二尺の距離はあらう、其の黒塀に眞俯向けに取り縋つた。……手のまだ離れない中に、さしわたし一町とは離れない中六番町から黒煙を揚げたのがはじまりである。――同時に、警鐘を亂打した。が、恁くまでの激震に、四谷見附の、高い、あの、火の見の頂邊に活きて人があらうとは思はれない。私たちは、雲の底で、天が摺半鐘を打つ、と思つて戰慄した。――「水が出ない、水道が留まつた」と言ふ聲が、其處に一團に成つて、足と地とともに震へる私たちの耳を貫いた。息つぎに水を求めたが、火の注意に水道の如何を試みた誰かが、早速に警告したのであらう。夢中で誰とも覺えて居ない。其の間近な火は樹に隱れ、棟に伏つて、却つて、斜の空はるかに、一柱の炎が火を捲いて眞直に立つた。續いて、地軸も碎くるかと思ふ凄じい爆音が聞えた。婦たちの、あつと言つて地に領伏したのも少くない。その時、横町を縱に見通しの眞空へ更に黒煙が舞起つて、北東の一天が一寸を餘さず眞暗に代ると、忽ち、どゞどゞどゞどゞどゞと言ふ、陰々たる律を帶びた重く凄い、殆ど形容の出來ない音が響いて、炎の筋を蜿らした可恐い黒雲が、更に煙の中を波がしらの立つ如く、烈風に駈[#挿絵]る!……あゝ迦具土の神の鐵車を驅つて大都會を燒亡す車輪の轟くかと疑はれた。――「あれは何の音でせうか。」――「然やう何の音でせうな。」近鄰の人の分別だけでは足りない。其處に居合はせた禿頭白髯の、見も知らない老紳士に聞く私の聲も震へれば、老紳士の脣の色も、尾花の中に、たとへば、なめくぢの這ふ如く土氣色に變つて居た。
 ――前のは砲兵工廠の焚けた時で、續いて、日本橋本町に軒を連ねた藥問屋の藥ぐらが破裂したと知つたのは、五六日も過ぎての事。……當時のもの可恐さは、われ等の乘漾ふ地の底から、火焔を噴くかと疑はれたほどである。
 が、銀座、日本橋…

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