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九九九会小記
くくくかいしょうき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「三田文学 第三巻第八号」三田文学会、1928(昭和3)年8月1日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-11-04 / 2017-10-25
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 會の名は――會費が九圓九十九錢なるに起因する。震災後、多年中絶して居たのが、頃日區劃整理に及ばず、工事なしに復興した。時に繰返すやうだけれども、十圓に對し剩錢一錢なるが故に、九圓九十九錢は分つたが、また何だつて、員數を細く刻んだのであらう。……つい此の間、[#挿絵]さんに逢つて、其の話が出ると、十圓と怯かすより九九九と言ふ方が、音〆……は粹過ぎる……耳觸りが柔かで安易で可い。それも一つだが、其の當時は、今も大錢お扱ひの方はよく御存じ、諸國小貨のが以てのほか拂底で、買ものに難澁一方ならず。やがて、勿體ないが、俗に言ふ上潮から引上げたやうな十錢紙幣が蟇口に濕々して、金の威光より、黴の臭を放つた折から、當番の幹事は決して剩錢を持出さず、會員は各自九九九の粒を揃へて、屹度持參の事、と言ふ……蓋し發會第一番の――お當めでたうござる――幹事の[#挿絵]さんが……實は剩錢を集める藁人形に鎧を着せた智謀計數によつたのださうである。
「はい、會費。」
 佐賀錦の紙入から、其の、ざく/\と銅貨まじりを扱つた、岡田夫人八千代さんの紙包みの、こなしのきれいさを今でも覺えて居る。
 時に復興の第一囘の幹事は――お當めでたうござる――水上さんで。唯見る、日本橋檜物町藤村の二十七疊の大廣間、黒檀の大卓のまはりに、淺葱絽の座蒲團を涼しく配らせて、一人第一番に莊重に控へて居る。其の席に配つた、座蒲團一つ一つの卓の上に、古色やゝ蒼然たらむと欲する一錢銅貨がコツンと一個。座にひらきを置いて、又コツンと一個、會員の數だけ載せてある。煙草盆に香の薫のみして、座にいまだ人影なき時、瀧君の此の光景は、眞田が六文錢の伏勢の如く、諸葛亮の八門遁甲の備に似て居る。また此の計なかるべからず、此で唯初音の鳥を煮て、お香々で茶漬るのならば事は足りよう。座に白粉の薫をほんのりさして、絽縮緬の秋草を眺めよう。無地お納戸で螢を見よう。加之、酒は近所の灘屋か、銀座の顱卷を取寄せて、と云ふ會員一同の強請。考へてご覽なさい、九九九で間に合ひますか。
 一同幹事の苦心を察して、其の一錢を頂いた。
 何處かで會が打つかつて、微醉機嫌で來た万ちやんは、怪しからん、軍令を忘却して、
「何です、此の一錢は――あゝ、然う/\。」
 と兩方の肩と兩袖と一所に一寸搖つて、内懷の紙入から十圓也、やつぱり一錢を頂いた。
 其處でお料理が、もづくと、冷豆府、これは飮める。杯次第にめぐりつゝ、いや、これは淡白して好い。酒いよ/\酣に、いや、まことに見ても涼しい。が、折から、ざあ/\降りに風が吹添つて、次の間の金屏風も青味を帶びて、少々涼しく成り過ぎた。
「如何です、岡田さん。」
「結構ですな。」
 と、もづくを吸ひ、豆府を挾む容子が、顏の色も澄みに澄んで、風采ます/\哲人に似た三郎助畫伯が、
「此の金將は一手上り過ぎましたよ。」
 と、將棋に、また…

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