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鳥影
とりかげ
作品ID50789
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-23 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 雨の晴れた朝である。修善寺の温泉宿、――館の家族の一婦人と、家内が桂川の一本橋向うの花畑へ連立つて、次手に同家の控の別莊――あき屋である――を見せて貰つた、と言つて話した。花畑は渡つてからだが、橋を渡返して館の外まはりを[#挿絵]つて行く。……去年の春ごろまでは、樹蔭の徑で、戸田街道の表通りへ土地の人たちも勝手に通行したのだけれども、いまは橋際に木戸が出來て、館の構内に成つた。もとの徑を、おも屋と隔てて廣い空地があつて、追つては庭に造るのださうで、立樹の間に彼方此方、石が澤山に引込んである。川に添つて古い水車小屋また茅葺の小屋もある。別莊はずつと其の奧の樹深い中に建つて居るのを、私は心づもりに知つて居る。總二階十疊に八疊の[#挿絵]り縁で、階下は七間まで數へて廣い。雨戸をすつかり明けて見せられたが、裏の山、前の流れ、まことに眺望が好いと言ふ。……借りるつもりか、さては近頃工面がいゝナなぞとおせきなさるまじく。京の金閣寺をごらうじましたか、で見ぶつをしたばかり。唄の床柱ではないが、別莊の庭は、垣根つゞきに南天の林と云ひたいくらゐ、一面輝くが如き紅顆を燭して、水晶の火のやうださうで、奧の濡縁を先に古池が一つ、中に平な苔錆びた石がある。
 其處で美しい鳥を見た。
 二羽。
「……それは綺麗な鳥なんですよ、背中が青いつたつて、唯青いんぢやあないんです、何とも言へません。胸の處からぼつと紅くつてね、長い嘴をして居るんです、向合つて。……其處いらが靜で、誰も驚かさないと見えて、私たちを見ても、遁げないんですよ。縁からぢき其處に――最も、あゝ綺麗な鳥が、と云つて、雨戸にも密と加減はしましたけれども。……何と云ふ鳥でせうね。内の雀よりはずつと大きくつて、鳩よりは、すらりと痩せて小形な。」
 と、あゝ、およしなされば可いのに、借りものの籠に、折つて來たしぼりの山茶花と白の小菊を突込んで、をかしく葉を撮んだり、枝を吹いたり、飴細工ではあるまいし……對をなすものの人がらも丁ど可い。……朝餉を濟ますと、立處に床を取直して、勿體ない小春のお天氣に、水を二階まで輝かす日當りのまぶしさに、硝子戸と障子をしめて、長々と掻卷した、これ此の安湯治客、得意の處。
「宿の方も知らないつて言ふんですがね、ちよい/\彼處で見るんですつて、いつも、つがひで洒落れてるわね。何でせう。」
 おや/\鋏の音をさせた。あつかましい。が、此にも似合はう……川柳の横本を枕と斜つかけに仰ぎながら、
「あるきもしない、不精だ不精だと云ふけれど、居ながらにして知つてるぜ。かはせみさ、それは。」
「あゝ。」
「字に顯はすと、些と畫が多い、翡翠とかいてね、お前たち……たちぢやあ他樣へ失禮だ……お前なぞが欲しがる珠とおんなじだ。」
 と云つて、おねだんのものの何にも插さない、うしろ向の圓髷を見た。
 私は廣袖の襟を合はせて起…

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