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城の石垣
しろのいしがき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「新小説 第七年第二巻」春陽堂、1902(明治35)年2月1日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-09-07 / 2017-08-25
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 同じことを、東京では世界一、地方では日本一と誇る。相州小田原の町に電車鐵道待合の、茶店の亭主が言に因れば、土地の鹽辛、蒲鉾、外郎、及び萬年町の竹屋の藤、金格子の東海棲、料理店の天利、城の石垣、及び外廓の梅林は、凡そ日本一也。
 莞爾として聞きながら、よし/\其もよし、蒲鉾は旅店の口取でお知己、烏賊の鹽辛は節季をかけて漬物屋のびらで知る通、外郎は小本、物語で懇意なるべし。竹屋の藤は時節にあらず、金格子の東海樓は通つた道の青樓さの、處で今日の腹工合と、懷中の都合に因つて、天利といふので午餉にしよう、其づ其の城を見て梅とやれ、莟は未だ固くツてもお天氣は此の通り、又此の小田原と來た日には、暖いこと日本一だ、喃、御亭主。然やうでござります。喜多八、さあ、其の氣で歩ばつしと、今こそ着流で駒下駄なれ、以前は、つかさやをかけたお太刀一本一寸極め、振分の荷物、割合羽、函嶺の夜路をした、内神田の叔父的、名を彌次郎兵衞といふ小田原通、アイお茶代を置いたよ、とヅイと出るのに、旅は早立とあつて午前六時に搖起された眠い目でついて行く。
 驛路の馬の鈴の音、しやんと來る道筋ながら、時世といひ、大晦日、道中寂りとして、兩側に廂を並ぶる商賈の家、薪を揃へて根占にしたる、門松を早や建て連ねて、歳の神を送るといふ、お祭の太鼓どん/\/\。ちゆうひやら/\と角兵衞獅子、暢氣に懷手で町内を囃して通る。
 此の町出外れに、森見えてお城の大手。
 しばし彳む。
 此處へ筒袖の片手ゆつたりと懷に、左手に山牛蒡を提げて、頬被したる六十ばかりの親仁、ぶらりと來懸るに路を問ふことよろしくあり。お節にや拵ふるに、このあたり門を流るゝ小川に浸して、老若男女打交り、手に手に之を洗ふを見た。後に小田原の町を放れ、函嶺の湯本近に一軒、茶店の娘、窶れ姿のいと美しきが、路傍の筧、前なる山凡そ三四百間遠き處に千歳久しき靈水を引いたりといふ、清らかなる樋の口に冷たき其の土を洗ふを見て、山の芋は鰻になる、此の牛蒡恁くて石清水に身を灌がば、あはれ白魚に化しやせんと、そゞろ胸に手を置きしが。
 扨て路を教へて後、件の親仁つく/″\と二人を見送る。いづれ美人には縁なき衆生、其も嬉しく、外廓を右に、やがて小さき鳥居を潛れば、二の丸の石垣、急に高く、目の下忽ち濠深く、水はやゝ涸れたりと雖も、枯蘆萱の類、細路をかけて、霜を鎧ひ、ざツくと立つ。思はず行き惱み立つて仰げば、虚空に雲のかゝれるばかり、參差たる樹の間々々、風さへ渡る松の梢に、組連ねたるお城の壁の苔蒸す石の一個々々。勇將猛士幾千の髭ある面を列ねし如き、さても石垣の俤かな。
 それより無言にて半町ばかり、たら/\と坂を上る。こゝに晝も暗き樹立の中に、ソと人の氣勢するを垣間見れば、石の鳥居に階子かけて、輪飾掛くる少き一人、落葉掻く翁二人あり。宮は、報徳神社といふ、彼の二宮尊徳翁を祭れるも…

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