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回顧と展望
かいことてんぼう
作品ID50907
著者高木 貞治
文字遣い新字新仮名
底本 「近世数学史談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年8月18日
初出「改造」1941(昭和16)年
入力者鈴木厚司
校正者田中哲郎
公開 / 更新2011-01-01 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 回顧は老人の追想談になるのが普通で,それは通例不確かなものであることが世間の定評であるようであります.それは当然不確かになるべきものだと考えられます.遭遇というか閲歴というか,つまり現在の事だって本当には分らない.それは当然主観的である.しかも過去は一たび去って永久に消滅してしまう.そうしてそれを回想する主観そのものも年とともに易って行くのであるから,まあ大して当てになるものではない.これは一般にそうだろうが,今私の場合は確かにそうなのだから,むしろ始めから,自己中心に,主観的に,過去を回顧すると,明言して置くのが安全であろう.
 大学(東京帝国大学)へ私が学生として来たのは1894年――日清戦争が起った明治27年である.西暦のこの数字は,後に引合に出るから,序でに言って置きますが,それから十年後,すなわち1904年には日露戦争,それから又十年後の1914年には第一次世界大戦が夫々起ったので,非常に記憶し易い数字であるが,とにかく1894年に田舎から東京へ出てまいった.その頃の数学教室の先生は,菊池大麓先生と藤沢利喜太郎先生の御二人であった.当時何を教わったか,古い記憶を辿って見ると,先ず微分積分それから解析幾何学.これは当然だが,次で二年になると,Durege の楕円函数論というものをやったものである.これは古い本だから,諸君は知らないだろうが,まあヤコービの楕円函数論を書いたもの,つまり Fundamenta Nova の平易な解説といったものである.函数論の出来る前の楕円函数論で,随分時代離れのものだが,多分これは,私の想像なんだけれども,ずっと明治の初期に,ケンブリッヂ辺りから,そういうシステムが輸入されたのではないか――と思われる.それから,サルモンの代数曲線論,例の略記法か何かで,我々はそれが射影幾何学であることを知らずに習った訳なのだ.
 まあそんな風で,1894年から98年まで四年間の初めの二年間は過した.しかし,当時は相当学風が自由であって,藤沢先生などは,ドイツ仕込みの Lehr-und Lernfreiheit ということを鼓吹されて,なんでもいいから本は勝手に読め,そんなことを奨励されていたものだから,いろいろのものを読んだわけである.殊に三年になると,菊池先生が文部省の方に行って了われたものであるからして,藤沢先生御一人になって,講義の時間が非常に少なくなった.今はそうでもないけれども,一時はずいぶん沢山詰め込み主義の時代もあった.そういう時代に比べると,大分自由であったと謂える.それで,後の二年間は全く自由に暮して,最後の一年は大学院で,結局四年大学におったが,その間にいろいろな本を読んだのであるが,指導者なしの乱読で,本当に読んだと謂うよりは,図書室にあるだけの本を見境いもなく片っ端からひっ繰り返して見たという程のことであった…

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