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金山揷話
きんざんそうわ
作品ID50924
著者大鹿 卓
文字遣い新字新仮名
底本 「北海道文学全集 第12巻」 立風書房
1980(昭和55)年12月10日
初出「中央公論」1939(昭和14)年4月
入力者林幸雄
校正者岩澤秀紀
公開 / 更新2012-04-20 / 2022-12-29
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 稚内ゆきの急行列車が倶知安をすぎ、やがて山地へかかって速力がにぶると、急に雪が降りだした。粒が細かくて堅く結晶した雪だということは、車窓にふきつけるサッサッササ……という音でわかった。線路近くのエゾ松林に、防雪林などと書いた棒杭が見出された。その林の青黒い枝々はすでにかなりの雪を積らせていて、飛白の布地のように目を掠めてゆく。いうまでもなく、雪が急に降りだしたわけではなくて、汽車が降雪地帯へ入ったのにすぎなかった。
 私は去年の七月にも根室まで行くので同じ沿線を眺めて通った。そのときの記憶はまだ真新しく、目をつむれば新緑のなまなましさに覆われたこの辺りの風景が、まざまざと脳裡にうかんでくる。そのためかいま瞼をあけて見返す車窓は、いっそう荒涼と眺めわたされた。それに一昨夜発ってきた東京は未だ晩秋で、街をゆく男達は誰も彼も合服姿だった。私は出発間際に急に冬服に着かえて來た。その冬服冬外套も重苦しく感じないほど、私も北海道の寒さを昨日以来体得して来た。だが、さすがに霏々と降りしきる雪を見ては、北国へ来たという感慨もさることながら、距離と時間の観念がちぐはぐになったかんじだった。私は何か憂愁を帯びた顔つきになっていたらしい。折から汽車が山の小駅を通過すると、
「ああ、銀山だ。この辺は吹雪の多いところだ。十二月になると時々汽車が立ち往生することさえあるよ」
 同行の土田がそういって前の席から説明した。土田は更に、過ぎ去った窓外をのぞき返しながら、
「あの駅の索道も、ずいぶん永いあいだ錆びついたようになってて、此処を通る度に気になっていたが、この頃やっぱり動き出したようだね」
 と、微笑した。
「鉱山はどの辺にあるのだろう?」
「さあ、ここからは見えないだろう。いずれ向うの尾根の裏側にあたるだろうから」
 土田が硝子窓の曇りを拭うのにさそわれて、私も額を寄せて覗いたが、低い盆地をへだてた彼方の尾根は、濛々としらみわたって降る雪にとざされ、茫と影のようにしか見えなかった。
 休山となり廃山となって、永らく自然の荒廃に委されていた鉱山のうちにも、事変以来復活の道を辿りだしたものが少なくない。また、新しく採鉱坑道の開鑿に着手された鉱山も、もちろん多いことだろう。この銀山駅の索道を一例とするまでもなく、旅をすれば思わぬ場所で、そうした鉱山熱の片影に触れたりする。それも私の北海道旅行のいわば目的の一つだった。
 はじめ私がこの旅行を思い立ったとき、まず脳裡に浮んだのは、旧友森山の事だった。森山は自ら責任者として、オホーツク海の見える辺陲の山奥で創業の事にあたっている筈だった。私はその鉱山へ出かけて、鉱山生活者の今日の現実に触れて来たいと思った。無論小説のうえの必要からだった。森山ならば私のこうした身勝手な要求をも、寛容に受け容れてくれるだろうと思った。だが、お互にしばらく文通も…

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