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少年の日の悲哀
しょうねんのひのひあい |
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作品ID | 50985 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 1」 講談社 1976(昭和51)年11月10日 |
初出 | 「少年世界」1917(大正6)年10月 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | ぷろぼの青空工作員チーム校正班 |
公開 / 更新 | 2012-01-05 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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一
三郎はどこからか、一ぴきのかわいらしい小犬をもらってきました。そして、その小犬をかわいがっていました。彼はそれにボンという名をつけて、ボン、ボンと呼びました。
ボンは人馴れたやさしい犬で、主人の三郎にはもとよりよくなつきましたが、まただれでも呼ぶ人があれば、その人になついたのです。だから、みんなにかわいがられていました。三郎は朝早く起きてボンを連れて、空気の新鮮なうちに外を散歩するのを楽しみとしていました。また、小川に連れていって、ボンを水の中に入れて毛を洗ってやったりして、ボンを喜ばせるのをも楽しみの一つとしているのです。
三郎は、独り犬ばかりでない猫もかわいがりました。また、小鳥や、金魚などをもかわいがりました。なんでも小さな、自分より弱い動物を愛したのであります。
三郎の隣に、おばあさんが住んでいました。そのおばあさんは、一ぴきの猫を飼っていました。その猫は、よく三郎の家へ遊びにきました。くると三郎は、その猫を抱いて、顔を付けたり、頭をなでたりしてかわいがってやりました。猫はよくやってきて、三郎が大事にしておいた金魚を殺したり、またお勝手にあった魚を取ったりしたことが、たびたびありました。けれど、三郎は猫をいじめたことがありませんでした。それは猫の性質だから、しかたがないと思ったのです。
けれど、そのおばあさんは、いじの悪いおばあさんでした。ボンがお勝手もとへゆくと、なんにもしないのに水をかけたり、手でぶつまねをしたり、あるときは小石を拾って投げつけたりしました。そして、夜が明けると、ばあさんは勝手もとの戸を開けて、外に出ると、
「ほんとうにしかたのない犬だ。こんなところに糞をして、あんな犬ってありゃしない。」
と大きな声で、さもこちらに聞こえるようにどなるのであります。
ほんとうにこのおばあさんは、自分かってなおばあさんでした。自分の家の猫が、近所の家へいって魚をくわえてきたのを見ても知らぬ顔をしていました。そんなときは、
「こう、こう、こう、みいや、家へ入っておいで。」
といって、猫を家の中へ入れて、戸を閉めてしまいます。
三郎は、かわいがっているボンが、ばあさんのために小石を投げられたり水を頭からかけられたりしてきますと、今度、ばあさん家の猫がきたら、うんといじめてやろうと思いました。しかし、猫がやってきますと、いつも三郎がその猫をかわいがっているものですから、すこしもおそれず、すぐに三郎のそばに、なきながらすりよってくるのでした。これを見ると、もう三郎は、その猫をいじめるというような考えがまったくなくなってしまいました。そして、猫の頭をなでて、いつものごとくかわいがってやったのであります。
二
ボンは、おとなしい犬でありました。それにかかわらず、この犬を悪くいったのは、この隣のいじの悪いばあさん一人ではなかったのであり…