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残された日
のこされたひ
作品ID50990
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「処女」1916(大正5)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-11-03 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 長吉は学校の課目の中で、いちばん算術の成績が悪かったので、この時間にはよく先生からしかられました。先生というのはもう四十五、六の、頭のはげかかった脊の低い人でありました。長吉は朝学校へゆきます前に時間割りを見まして、自分の好きな作文や、歴史の時間などがあって、算術の時間がない日には、なんとなく学校へゆくのが楽しみで、またうれしくて勇んで家から出てゆくのでありましたが、もしその日に算術の時間があったときは、なんとなく気持ちが重くて、おもしろくなくて、ゆくのがいやでたまらなかったのです。
 彼は学校の先生からも、また両親からも、
「おまえは算術ができないから、よく勉強しなくちゃいけません。それでないと学年試験には落第します。」
といわれるので、長吉も落第してはならないと思って、家へ帰ってからも、その日学校で習ってきた算術はかならず復習いたしました。しかし、よくよく性分から算術がきらいとみえて、まったく覚えこみもせず、すぐに忘れてしまって、なにがなんであったかわからなくなってしまいました。
 彼は独りで、ほかの友だちらは、みなそうとうに算術ができるのに、なぜ自分ばかりはこうできないのかと情けなくなって、机に向かって涙をこぼしましたこともありました。けれど、作文や歴史などは好きなものですから、だれよりもいちばんよくできたのでありました。
 もうじきに冬の体みがくるのでした。そろそろ学校では試験が始まりました。算術は平常の点数が試験に関係しますので、みないっしょうけんめいに勉強をいたしました。家の外には雪が二、三尺も積もっていました。そして子供らは、学校から帰ると外に出て雪投げをして遊んだり、角力を取ったりした。雪だるまなどをこしらえて遊んだりして、夜になると燈火の下で机に向かって、明くる日の学校の課目を勉強したのであります。今日も長吉は学校から帰ると、自分のへやに入って机の前にすわって物思いに沈んでいました。外は雪が晴れていて、子供らがみんなさもうれしそうにして遊んでいる、その声が聞こえてきます。また凧を上げている籐のうなり声などが聞こえてきました。長吉は自分も外に出て、友だちの仲間に入って遊びたいのでありますが、明日は算術の宿題がある日なので、まだそれがしてないので、どうしても外に出て遊ぶ気になれなかったのであります。
 すると友だちが門口へ迎えにやってきて、
「長さん、遊びませんか?」
と、つづけざまに呼んでいます。
「長吉や、お友だちが呼んでいらっしゃるから、すこし外へ出て遊んできて、また勉強をしなさい。」
と、母がいいました。
 長吉は思いきって外へ出てゆきました。けれど、みんなといつものようにいっしょになって、愉快に遊ぶ気持ちになれませんでした。彼は独り雪路の上に立って、茫然として友だちらが角力を取ったり、雪を投げ合っているのを見ていたばかりです。
「長…

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