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犬と人と花
いぬとひととはな
作品ID50994
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「黒煙」1919(大正8)年5月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者ぷろぼの青空工作員チーム校正班
公開 / 更新2012-01-02 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある町はずれのさびしい寺に、和尚さまと一ぴきの大きな赤犬とが住んでいました。そのほかには、だれもいなかったのであります。
 和尚さまは、毎日御堂にいってお経を上げられていました。昼も、夜も、あたりは火の消えたように寂然として静かでありました。犬もだいぶ年をとっていました。おとなしい、聞き分けのある犬で、和尚さまのいうことはなんでもわかりました。ただ、ものがいえないばかりでありました。
 赤犬は、毎日、御堂の上がり口におとなしく腹ばいになって、和尚さまのあげるお経を熱心に聞いていたのであります。和尚さまは、どんな日でもお勤めを怠られたことはありません。赤犬も、お経のあげられる時分には、ちゃんときて、いつものごとく瞼を細くして、お経の声を聞いていました。
 お寺の境内には、幾たびか春がきたり、また去りました。けれど、和尚さまと犬の生活には変わりがなかったのであります。
 和尚さまは、ある日赤犬に向かって、
「おまえも年をとった。やがて極楽へゆくであろうが、私はいつも仏さまに向かって、今度の世には、おまえが徳のある人間に生ま変わってくるようにとお願い申している。よく心で、仏さまに、おまえもお願い申しておれよ。おそらく、三十年の後には、おまえは、またこの娑婆に出てくるだろう。」といわれました。
 赤犬は、和尚さまの話を聞いて、さもよくわかるようにうなだれて、二つの目から涙をこぼしていました。
 数年の後に、和尚さまも犬も、ついにこの世を去ってしまいました。
 三十年たち、五十年たち、七十年とたちました。この世の中もだいぶ変わりました。
 ある村に一人のおじいさんがありました。目の下に小さな黒子があって、まるまるとよくふとっていました。歩くときは、ちょうど豚の歩くようによちよちと歩きました。
 おじいさんは、かつて怒ったことがなく、いつもにこにこと笑って、太い煙管で煙草を喫っていました。そのうえ、おじいさんは、体がふとっていて働けないせいもあるが、怠け者でなんにもしなかったけれど、けっして食うに困るようなことはありませんでした。
「おじいさん、今年は豆がよくできたから持ってきました。どうか食べてください。」
「おじいさん、芋を持ってきました。どうか食べてください。」
「おじいさん、なにか不自由なものがあったら、どうかいってください。なんでもしてあげますから。」
 いろいろに、村の人々は、おじいさんのところにいってきました。そうして、おじいさんがもらってくれるのをたいへんに喜びましたほど、おじいさんは、みんなから慕われていました。
 村で若い者がけんかをすると、おじいさんは太い煙管をくわえて、よちよちと出かけてゆきました。みんなは、おじいさんの目の下の黒子のある笑顔を見ると、どんなに腹がたっていても急に和らいでしまって、その笑顔につりこまれて自分まで笑うのでありました…

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