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町のお姫さま
まちのおひめさま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-10-16 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昔、あるところに、さびしいところの大好きなお姫さまがありました。どんなにさびしいところでもいいから人の住んでいない、さびしいところがあったら、そこへいって住みたいといわれました。
 お供のものは、お姫さまのお言葉だからしかたがありません。人のだれも住んでいない、山の中にでも、お姫さまのゆかれるところへは、ついていかなければなりません。
 人里を遠く離れた山の中へ、いよいよお姫さまは移ることになりました。そして、お供のものもついてゆきました。
 お姫さまの、歌をうたわれる声はたいへんに、よいお声でありました。また、たいへんに鳴り物をならすことがお上手でありました。琴や、笛や、笙を鳴らすことの名人でありました。だから平常、歌をおうたいになり、鳴り物を鳴らしておいでなさるときは、けっして、さびしいということはなかったのであります。
 けれど、お供のものは、寂しい山の中に入って、毎日、つくねんとしていて、退屈でなりませんでした。そこにきました当座は、外に出て、山や、渓の景色をながめて珍しく思いましたが、じきに、同じ景色に飽きてしまいました。また、毎日、お姫さまのうたいなさる歌や、お鳴らしになる鳴り物の音にも飽きてしまった。それらを聴いても、けっして昔のように感心しないばかりか、またかというふうに、かえって、退屈を感じさせたのであります。
 お姫さまは、この世の中に、自分ほど、よい声のものはないと思っていられました。また、自分ほど音楽の名人はないと考えていられました。そして、そう思って窓ぎわにすわって、山に出る月をながめながら、よい声で歌をうたい、琴を鳴らしていられますと、四辺は、しんとしてすべての草木までが、耳を澄まして、このよい音色に聞きとれているごとく思われました。
 このとき、ふと、お姫さまはおうたいなさる声を止め、お鳴らしなさる琴の手を控えて、ずっと遠くの方に、耳をお澄ましなされました。すると、それは、自分よりも、もっとよい声で、歌をうたい、もっと上手に琴を鳴らしているものがあるのでした。
「はて、この山の中にだれが、歌をうたい、琴を鳴らしているのだろう。」と怪しまれました。そして、このことをお供のものにおたずねなされますと、
「いえ、だれもいるはずがございません。また、私どもの耳には、なにも聞こえません。ただ、聞こえますものは、松風の音ばかりでございます。」とお答え申しあげました。
「いえ、そうじゃない。だれか、きっとわたしと腕をくらべるつもりで、あんなよい声で歌をうたい、琴を鳴らしているにちがいない。」と、お姫さまは申されました。
 お供のものは、不思議に思って、耳を澄ませますと、やはり、松風の音が遠くに聞こえるばかりでありました。
 夜が明けて、太陽が上りますと、小鳥が窓のそば近くきて、よい声でさえずりました。お姫さまは、まゆをおひそめになって、
「…

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