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港に着いた黒んぼ
みなとについたくろんぼ
作品ID51018
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「童話」1921(大正10)年6月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-07-26 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 やっと、十ばかりになったかと思われるほどの、男の子が笛を吹いています。その笛は、ちょうど秋風が、枯れた木の葉を鳴らすように、哀れな音をたてるかと思うと、春のうららかな日に、緑の色の美しい、森の中でなく小鳥の声のように、かわいらしい音をたてていました。
 その笛の音を聞いた人々は、だれがこんなに上手に、また哀れに笛を吹いているのかと思って、そのまわりに寄ってきました。するとそれは、十ばかりの男の子で、しかもその子供は、弱々しく見えたうえに、盲目であったのであります。
 人々は、これを見て、ふたたびあっけにとられていました。
「なんという、不憫な子供だろう?」と、心に思わぬものはなかった。
 しかし、そこには、ただその子供が、一人いたのではありません。その子供の姉さんとも見える十六、七の美しい娘が、子供の吹く笛の音につれて、唄をうたって、踊っていたのでありました。
 娘は、水色の着物をきていました。髪は、長く、目は星のように輝いて澄んでいました。そして、はだしで砂の上に、軽やかに踊っている姿は、ちょうど、花弁の風に舞うようであり、また、こちょうの野に飛んでいる姿のようでありました。娘は、人恥ずかしそうに低い声でうたっていました。その唄は、なんという唄であるか、あまり声が低いので聞きとることは、みんなにできなかったけれど、ただ、その唄をきいていると、心は遠い、かなたの空を馳せ、また、さびしい風の吹く、深い森林を彷徨っているように頼りなさと、悲しさを感じたのであります。
 人々は、この姉と弟が、毎日どこから、ここにやってきて、こうして唄をうたい、笛を吹いてお金をもらっているのか知りませんでした。それは、どこにもこんな哀れな、美しい、またやさしい、乞食を見たことがなかったからであります。
 この二人は、まったく親もなければ、他に頼るものもなかった。この広い世界に、二人は両親に残されて、こうしていろいろとつらいめをみなければならなかったが、中にも弱々しい、盲目の弟は、ただ姉を命とも、綱とも、頼らなければならなかったのです。やさしい姉は、不幸な弟を心から憫れみました。自分の命に換えても、弟のために尽くそうと思いました。この二人は、この世にも珍しい仲のよい姉弟でありました。
 弟は、生まれつき笛が上手で、姉は、生まれつき声のいいところから、二人は、ついにこの港に近い、広場にきて、いつごろからともなく笛を吹き、唄をうたって、そこに集まる人々にこれを聞かせることになったのです。
 朝日が上ると二人は、天気の日には、欠かさずに、ここへやってきました。姉は、盲目の弟の手を引いてきました。そして、終日、そこで笛を吹き、唄をうたって、日が暮れるころになると、どこへか、二人は帰ってゆきました。
 日が輝いて、暖かな風が、柔らかな草の上を渡るときは、笛の音と唄の声は、もつれあって、明るい…

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