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小さな赤い花
ちいさなあかいはな
作品ID51026
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「良友」1921(大正10)年4月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-07-16 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 おそろしいがけの中ほどの岩かげに、とこなつの花がぱっちりと、かわいらしい瞳のように咲きはじめました。
 花は、はじめてあたりを見て驚いたのであります。なぜなら、目の前には、大海原が開けていて、すぐはるか下には、波が、打ち寄せて、白く砕けていたからであります。
「なんというおそろしいところだ。どうしてこんなところに生まれてきたろう。」と、小さな赤い花は、自分の運命をのろいました。それはちょうど、寒い雪の降る国に生まれたものが、暖かな、いつも春のような気候の国に生まれなかったことを悔い、貧乏な家に生まれたものが、金持ちの家に生まれて出なかったことをのろうようなものであります。
 けれど、それはしかたがないことでありました。とこなつの花は、そこに生い立たなければならぬのでした。花は、ものこそたがいにいい交わしはしなかったが、自分の周囲にも、ほかの高い木や、低い木や、またいろいろな草が、やはり自分たちの運命に甘んじて黙っているのを見ますと、いつしか、自分もあきらめなければならぬことを知ったのであります。
 天気のいい日には、海の上が鏡のように光りました。そして、そこは、がけの南に面していまして、日がよく当たりましたから、花は物憂いのどかな日を送ることができましたが、なにしろ、がけの中ほどで、ことにほかには美しい花も咲いていませんでしたから、みつばちもやってこず、ちょうもたずねてきてくれませんので、寂しくてならなかったのであります。
 花は、海の方から吹いてくる風に、そのうすい花弁を震わせながら、自分の身の不幸を悲しんでいました。
 ある日のことであります。一ぴきの羽の美しいこちょうが、ひらひらと、どうしたことかその辺へ飛んできました。そして、そこに、赤いとこなつの花の咲いているのを見つけると、さっそく、花の上に飛んできました。
「まあ、珍しく、かわいらしい花が、こんなところに咲いていること。」と、ちょうはいいました。
 これを聞きつけた、とこなつの花は、ちょうを見上げて、
「よくきてくださいました。私は、毎日ここで寂しい日を送っていました。そして明け暮れ、あなたや、みつばちのおたずねくださるのを、どんなにか待っていましたでありましょう。けれど、今日まで、だれも、たずねてはくれませんでした。ほんとうに、ようこそきてくださいました。」と、花はちょうに話しかけました。
 すると、ちょうは、小さな頭をかしげながら、
「じつは、私は、こんなところに、あなたのような美しい花が咲いているとは知らなかったのです。今日、路を迷って、偶然ここにきまして、あなたを知ったようなわけです。それにしても、なんと、あなたは、やさしく、美しい姿でしょう。」と、こちょうはいいましま。
「あなたが、路をお迷いなされたことは、私にとってこのうえないしあわせでした。私は、まだ世の中のことを知りません。ど…

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