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一本の釣りざお
いっぽんのつりざお
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「読売新聞」1921(大正10)年4月30日、5月2日~4日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者雪森
公開 / 更新2013-05-16 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 あるさびしい海岸に、二人の漁師が住んでいました。二人とも貧しい生活をしていましたから、町や都に住んでいる人々のように、美しい着物をきたり、うまいものをたくさん食べたり、また、ぜいたくな暮らしなどをすることは、思いもよらないことでありました。
 二人は、どうかして、もっといい暮らしをしたいものだと思いましたけれど、どうすることもできなかったのです。青い海の面を見つめながら、二人は、そのような幸福になれる日のことばかり考えていました。
「いくら考えたってしかたがないことだ。俺たちは働くより途がないのだ。」と、乙は甲を悟し、自分を勇気づけるようにいいました。
「それはそうだが、このうえ俺たちは働くこともできないじゃないか。」と、甲は、ため息をしながら答えた。
 ほんとうに、二人は、雨の降る日も、また風が吹いて、少々波が高いような日でも、船に乗って沖に出て、網を打ったり、魚を釣ったりしたのであります。
 なにごとも二人は、たがいに助け合いました。そして、たいていはいっしょに働いていたのであります。けれど、人間の運というものは、まことに不思議なものでありました。こうして、同じ船に乗って、同じく働いても、一人に幸い、一人にはなんでもないこともあるものです。



 ある春の日のことでありました。陸には、桜の花の咲く時分でありました。二人は、北の青い海の上に出て釣りをしていました。たいがかかる時分でありました。いくら二人は、こうしていっしょうけんめいになってたいを釣っても、それを自分たちが食べることはできなかった。みんな町の魚屋に売ってしまって、その金で家族のものを養わなければならなかったのです。
「ほんとうに、俺たちは、こうして毎日たいをとっても自分たちの口に入らないのは、考えると、つまらないことだ。今日はひとつ自分が料理をして子供らにたべさせてやろう。」と、甲がいいました。
「ほんとうに、そうだ。私も、家に帰ったら、ひとつ料理をして子供や妻に食べさしてやろう。」と、乙がいいました。
 その日二人は、海から働いてたがいに家に帰りました。そして、甲も乙も、自分たちのとった大だいを一尾ずつ料理をしました。すると甲のほうのたいの腹から小指の先ほどの真珠が飛び出したのであります。
「これはたいへんなものが出た。」といって、甲は喜んでおどりあがりました。そして、家じゅうのものは大騒ぎをしました。
 甲は、さっそく乙のところへやってまいりました。それは、乙のところのたいからも真珠は出なかったかと聞きにきたのであります。すると、乙は、甲のために喜んでいいました。
「甲さん、そんないいことはめったにあるもんでない。おそらく、あとのたいをみんな腹を割ってみたって、もうこのうえ真珠が入っているものでない。これは神さまがあなたにお与えなさったのです。」といいました。
 甲は、こう聞…

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