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気まぐれの人形師
きまぐれのにんぎょうし
作品ID51049
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「赤い鳥」1923(大正12)年1月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-11-15 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 雪の降らない、暖かな南の方の港町でありました。
 ある日のこと、一人の娘は、その町の中を、あちらこちらと歩いていました。しばらく避寒に、こちらへやってきていたのですけれど、あまり日数もたちましたので、お父さんにつれられて、また北の方の故郷へ帰ろうとしました。その前日のこと、娘は、つぎには、いつくるかわからない、このなつかしい町の有り様をよく見ておこうと、こうして歩いていたのであります。
 町の郊外には、丘の上に、圃の中に、オレンジが、美しく、西日に輝いていました。青黒い、厚みのある葉の間から、黄色い宝石で造られた珠のように見られました。また、波の静かな港の口には、いくつも船が出たり入ったりしていました。遠くへいく汽船は、おっとりとうるんだ、黄昏方の空に、黒い一筋の煙を上げていました。そして、高いほばしらの頂には、赤い旗が、ちょうど真っ赤な花のように風にゆらめいていました。
 娘には、それらの景色は、歩いているときは目に入らなかったのです。けれど、たびたび見た景色でありまして、頭の中に残っていましたから、いつでも思い出しさえすれば、ありありと目の中に映ってきました。娘は、北の寒い国に帰ってからも思い出して、なつかしむにちがいありませんでした。
 町の中を歩いている娘は、ただこのとき、汽笛の音を耳に聞いたばかりです。それは、港に停まっている汽船から吹いた笛の音であります。彼女は、この笛の音を聞くと、これから帰る故郷の景色を目に描きました。そして、考えました。
「まだ、私の国は寒いだろう。しかし、じきに春になる。そうすれば、花も咲くし、いろいろの鳥がやってくる!」
 こう思いますと、やはり、胸の中の血潮は躍ったのであります。いろいろの鳥は、この町の空に、また林の中に鳴いていました。しかし、この小鳥も、いつかは、あの北の方の、彼女の故郷の方へ飛んでゆく日があるのだと思うと、娘は、これらの小鳥を自分の家の裏にある林の中で、ふたたび見る日を楽しみとせずにはいられませんでした。
「私は、なにをお土産に買って帰ったらいいだろうか。」と、娘は、この町で製造されるいろいろな品物や、また、お菓子のようなものを買い集めました。そして、また、いつまでも自分が記念にして、しまっておくようなものが、なにか見つからないものかと思って、町の両側をながめながら歩いていました。
 すると狭い道の上へ、片側の小さな店先から、紫色の光線がもれてきて、ある一ところだけ紫色に土の上を彩っていました。娘は、その光線がどこからどういうふうにもれてくるのであろうかと、思わず、店の方へ寄っていって、色ガラスで張られた窓の内部をのぞいてみました。
 不思議にも、その小さな店は、人形屋でありました。奥のたなの上に、いくつも同じような人形が並べてありました。そして、そのそばで、一人のおじいさんが、筆をとって、…

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