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木に上った子供
きにのぼったこども |
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作品ID | 51051 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 2」 講談社 1976(昭和51)年12月10日 |
初出 | 「少年倶楽部」1927(昭和2)年7月 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2013-11-12 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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あるところに、辰吉という少年がありました。辰吉は、小さな時分に、父や母に別れて、おばあさんの手で育てられました。
ほかの子供が、やさしいお母さんにかわいがられたり、姉さんや、兄さんにつれられて、遊びにいったりするのを見ると、辰吉は、自分ばかりは、どうして、独りぼっちなのであろうと悲しく思いました。
「おばあさん、僕のお母さんは、どうしたの?」と、辰吉は、おばあさんにたずねました。すると、おばあさんは、しわの寄った手で、辰吉の頭をなでながら、
「おまえのお母さんは、あっちへいってしまったのだ。」と答えました。
辰吉は、あっちというところが、どこであるか、わかりませんでした。ただ、あちらの雲の往来する、そのまたあちらの、空のところだと思って、目に涙ぐむのでありました。
「おばあさん、僕のお母さんは、いつ帰ってくるの?」と、辰吉はたずねました。
すると、おばあさんは、孫の頭をなでて、
「おまえのお母さんは、空へ上ってお星さまになってしまったのだから、もう帰ってこないのだ。おまえがおとなしくして、大きくなるのを、お母さんは、毎晩、空から見ていなさるのだよ。」と、おばあさんはいいました。辰吉は、それをほんとうだと信じました。それからは、毎晩のように、戸外に出て、青黒い、夜の空に輝く星の光を見上げました。
「どれが、僕のお母さんだろう?」といって、彼は、ひとり、いつまでも夜の空に輝いている星をば探しました。
いつであったか、辰吉は、おばあさんから、人間というものは死んでしまえば、みんな天へ上って、星になってしまうものだと聞いていました。
夜の空に輝く星の中には、いろいろありました。大きく、ぴかぴかと、白びかりをするものや、また、じっとして、赤く輝いているものや、また、かすかに、小さく、ほたる火のように光っているものなどがありました。辰吉は、どれが、自分の恋しいお母さんの星であろうと思いました。
「お母さんは、きっと、僕の家の屋根の上にきて僕を見てくださるだろう。」と、辰吉は信じました。
彼は、頭の上の空ばかりを探したのでした。そしてやさしそうな、あまり、大きく、強く光らない、一つの赤い色の星をお母さんの星だときめたのであります。
その星は、目にいっぱい涙をためて、なにかものをいいたげに、じっと下を見下ろしているのでありました。
辰吉は、口のうちで、幾たびも、「お母さん、お母さん。」と叫びました。そして、彼は、夜の風に吹かれて、いつまでも外に立っていることがありました。
「辰吉や、風をひくといけないから、家へお入り。」と、おばあさんは、家のうちから呼びました。
すると、辰吉は家へはいりながら、
「僕、お母さんの星を見ていたのだもの。」といいました。このとき、おばあさんは、しわの寄った大きな手で、辰吉の頭を黙ってなでなされたのであります。
辰吉が、やっ…