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一本のかきの木
いっぽんのかきのき
作品ID51063
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「赤い鳥」1921(大正10)年9月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者雪森
公開 / 更新2013-05-13 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 山にすんでいるからすがありましたが、そのからすは、もうだいぶん年をとってしまいました。若い時分には、やはり、いま、ほかの若いからすのように、元気よく高い嶺の頂を飛んで、目の下に、谷や松林や、また村などをながめて、あるときは、もっと山奥へ、あるときは、荒波の岸を打つ浜の方へと飛んでいき、また、町の方まで飛んでいったことがあります。
 どんなに強い風も怖ろしくはありませんでした。身を軽く風に委せて、木の葉のように空へひるがえりながら、おもしろ半分に駆けたこともありました。太陽のまだ上がらない、うす暗いうちから、そして星の光が見える時分、空を、鳴いていったこともあります。
 その鳴き声に、眠っている林や、森や、野原が目を醒ましました。中には、「元気のいいからす。」といって、この早起きのからすをほめました。
 ほんとうにこのからすは、若い時分は、元気のいい幸福者であったのです。けれど、いまは、からすは、もう年をとってしまいました。そして、だんだんと翼も弱ってくれば、また目もよく見えなくなりました。
 それは、山に大雪の降った、ある寒い日のことでありました。この年をとったからすは、ほかの若い者が、村の方や、また、海の方まで出かせぎをしにいったのに、自分は、ひとり木の枝に止まって、つくねんとしていました。ちょうどそのとき、雪のために餌がなくて、ひもじがっているわしが、このからすを見つけました。
 からすは、寒さと疲れに、目を半分閉じていますと、ふいに、空のあちらから、異様の響きがきこえたのです。からすは、この音を聞くと、思わずぞっとしました。よく遠方のかすんで見えない目で、じっとその方を見ますと、たしかに、日ごろからおそれているわしが、自分を目がけて飛んでくることがわかりました。
 からすは、命のあらんかぎり逃げようと思いました。しかし、海の方へいっても、また、谷の方へいってもだめだ。これは、村か町の方へゆくにかぎると思いました。なんでも人間のいるところへゆけば、わしは引っ返してしまうだろうと思ったからです。
 からすは、里の方をさして、いっしょうけんめいに飛びました。雪まじりの寒い風は、はげしく吹きつけました。翼は破れてしまいました。そして、怖ろしい、大きな羽音は、だんだん迫ってくるような気がいたしました。からすは、もはや、命が助からないものと思いました。しかし、このとき、はるかあちらに、人家のところどころにある村が見えたのです。からすは、悲しそうな声で鳴いて、救いを求めながら村の森へ下りてきました。
 わしは、人家を見ると、急に、からすを追うことをあきらめて、山の方へ引きかえしてしまいました。からすは、ようようのことで、命は助かりましたけれど、翼は傷ついて、体は、うえと寒さのために、綿のように疲れて、木の枝にしっかり止まっているだけの気力もなくなってしまいました。…

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