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火を点ず
ひをてんず
作品ID51064
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「種蒔く人」1921(大正10)年11月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-12-06 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 村へ石油を売りにくる男がありました。髪の黒い蓬々とした、脊のあまり高くない、色の白い男で、石油のかんを、てんびん棒の両端に一つずつ付けて、それをかついでやってくるのでした。
 男は、勤勉者でありました。毎日、欠かさずに、時間も同じように、昼すこし過ぎると村に入ってきて、一軒、一軒、「今日は、石油はいりませんか?」と、いって歩くのでした。
 その男は、ただ忠実に仕事のことばかり考えているようでした。それには、なにか、目的があったのかもしれない。たとえば、金がいくらたまったら、店をりっぱにしようかとか、また、はやく幾何かになれば幸福だと胸の中に描いていたのかもしれない。それとも、もっとさしせまったその日のことを考えていたのか?
 あまり口をきかない、この男の顔を見たばかりでは、心の中を知ることができなかったけれど、人間というものは、なにか目的がなければ、そういうふうに勤勉になれるものではなかったのです。
 もっとも、男には、若い嫁がありました。年をとった母親もあったようです。小さな店だけで、石油を売るのでは、暮らしがたたなかったのかもしれない。
 しかし、この村には、もっともっと貧乏の人たちが住んでいました。屋根の低い、暗い小さな家が幾軒もあって、家の中には竹ぐしを造ったり、つまようじを削ったり、中には状袋をはったりしている男も、女もあった。それでなければ、一日外に出て圃で働いているような人たちでありました。
 彼らは、ものを問いかけられても、手を休めて、それに返答するだけのときすらおしんでいましたから、頭だけを外の方に向けて、
「まだ、今日はあったようだ。」とかなんとく、その石油売りにいったのでした。
「また、お願いいたします。」と、男は、軒下を去って隣の家の方へ歩いていくのでした。
 その後で、家の中では仕事をしながら、家族のものが、こんなうわさをしています。
「売りにくるのと、いって買うのとはたいへんな違いだ。売りにくるのは、きっちり一合しか量らないが、いって買うとずっとたくさんくれる。これから夜が長くなるから、夜業をするのにすこしでも多いほうがありがたい、晩方ちょっといって買えばいいのだ。」と、母親がいうと、
「ほんとうに、きっちり一合しか量らない、なんだか足りないようなときもある。きたのを買うとランプの七分めぐらいしかないが、いって買うとちょうど口もとまでありますよ。」と、娘が返答した。
 これらの人々は、こうして、なにか問題が起こるとたがいに口をききあうが、そうでもなければ一軒の家でも、めったに話すらせずに下を向いて指先をみつめながら仕事をしているのでした。頭の中では、多分娘はさまざまな空想にふけりながら、また母親は別のことを頭に描いて……。
 ちょうどそのとき、隣家の軒下では、男は肩からてんびん棒を下ろして、四十前後の女房が汚れた小さな石油を入れ…

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