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幸福のはさみ
こうふくのはさみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「婦人界 6巻11号」1922(大正11)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-02-27 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 正吉は、まだお母さんが、ほんとうに死んでしまわれたとは、どうしても信じることができませんでした。
 しかし、お母さんが、もうこの家にいられなくなってから幾日もたちました。正吉はその間、毎日お母さんのことを思い出しては、さびしい日を送りました。彼は子供心にも、もうお母さんは死んでしまわれたので、けっしてふたたび帰ってこられないと思いながら、やはりまったく死んでしまわれたとは、どうしても、思うことができなかったのです。あのやさしいお母さんが、この世界のどこにも、まったくいられないと信じたら、そして、もうどんなことをしても、二度と見ることができないと信じたら、彼は、悲しさのあまり、胸が張り裂けてしまうからでありました。
 お母さんが、じっと正吉を見つめられるときは、いつも、その真っ黒な目の中に、涙がたたえられていたのを、正吉は忘れることができませんでした。
 お母さんがいられなくなってから、正吉は、せめてお母さんの面影を思い出すことを楽しみにしていました。空を吹く寒い風も、また、窓を打つ落ち葉の音も、それをばさまたげるものはなかったのです。
 正吉は、夜になって、使いにやられるのを恐ろしがっていました。なぜなら、このごろ、父親は暗くなってから、酒が足りないといっては、町の酒屋まで酒を買いに、正吉をやったからであります。
「なあ正吉、酒を買いにいってこい。」
 夜になると、はたして、父親はいいました。月もない暗い晩でありました。星の光が降るように、青黒い空に輝いていました。そして、風が吹いて、落ち葉が田の上を、カサカサ音をたてて飛んでいました。
 もし、こんなときにいやだといったら、きっと、父親は「意気地なしめ。」といって、しかったでありましょう。正吉は、お母さんがおられたら、自分は、けっして、こんなさびしいめをみなくていいものをと思いますと、目の中に涙がわいてきたのであります。が、
「なあ、正吉は強いものな。いい子だからいってきてくれよ。」と、父親は、後ろ姿を見送りながら、いいました。
 こう、父親にやさしくいいかけられると、正吉は、またなんとなく、父親をあわれに思いました。そして自分たちは、いつまでもこんなにさびしい日を送らなければならないのだろうかと、悲しくなりました。
 正吉は、とぼとぼと町の方をさして歩いてゆきました。このあたりはもう日が暮れると、まったく人通りは絶えてしまったのです。どの家も戸を締めてしまって、わずかに、戸のすきまから、内部に点っている燈火の光が、寒い、さびしい外の闇の中に、幽かな光を送っているばかりでありました。
 小さな、田舎町は、おなじように、早くから、どこの店も戸を締めてしまいました。正吉は、平常、歩き慣れていましたので、一筋の道をたどってゆきました。どこか遠くの方で、犬のないている声が聞こえたのであります。ようやく、町に入ろう…

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