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春になる前夜
はるになるぜんや
作品ID51098
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「東京日日新聞」1922(大正11)年1月7日~10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-01-13 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 すずめは、もう長い間、この花の国にすんでいましたけれど、かつて、こんなに寒い冬の晩に出あったことがありませんでした。
 日が西に沈む時分は、赤く空が燃えるようにみえましたが、日がまったく暮れてしまうと、空の色は、青黒くさえて、寒さで音をたてて凍て破れるかと思われるほどでありました。どの木のこずえも白く霜で光っています。ものすごい月の光が一面に、黙った、広い野原を照らしていたのでありました。
 すずめは、一本の枝に止まって、この気味悪い寒い夜を過ごそうとしていたのです。そのとき、ちょうど下の枯れた草原を、おおかみが鼻を鳴らしながら通ってゆきました。
 山にも、沢にも、もはや食べるものがなかったので、おおかみはこうして飢じい腹をして、あたりをあてなくうろついているのです。すずめはそれを毎夜のように見るのでした。おおかみも今夜は寒いとみえて、ふっ、ふっと白い息を吐いていました。そして、氷の張った水盤のような月に向かって、訴えるようにほえるのでありました。
 すずめは、さすがのおおかみもやはり、今夜はたまらないのだと思って、黙って下を見ていますと、おおかみは、急に腹だたしそうに、もう一度高い声で叫びをあげると、荒野を一目散に、あちらへと駆けていってしまったのです。すずめはしばらく、その後ろ姿を見送っていましたが、いつかその姿は、白いもやの中に消えて見えなくなりました。
 すずめは、もうこれから、長い夜をなんの影も、また声も聞くことがないと思いました。どうか、今夜を無事に過ごしたいものだと思って、じっとして目を閉じて眠る用意をしたのです。しかし、寒くて、いつものように、どうしてもすぐには眠つくことができませんでした。
 そのうち、急にあたりがざわざわとしてきました。驚いて目を開けて見まわしますと、いままで、さえていた月の面には、雲がかかって北西の方から、寒い風が吹いてくるのでした。すずめは、いよいよ天気が変わると思いました。
 北国には、こうして、掌の裏を返さないうちに、天気の変わることがあります。
 このとき、ここに哀れな旅楽師の群れがありました。それは年寄りの男と、若い二人の男と、一人の若い女らでありました。この人々は、旅から、旅へ渡って歩いているのです。そして、この荒野を越して山をあちらにまわれば、隣の国へ出る近道があったのです。もうこちらの国も思わしくないとみえて、その人たちは、隣の国へゆこうとしたのでしょう。そして、道を迷って、こんな時分に、ようやくここを通るのでありました。
 みんなは、うすい着物しかきていません。また、それほどいろいろのものを持っている道理とてありません。まったく、貧しい人たちでありました。
 みんなはたがいに慰わり合いながら、月の光を頼りに歩いてきましたが、このとき、ちら、ちら、と雪が降ってくると、もはや、一歩も前へは進めなかったので…

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