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水盤の王さま
すいばんのおうさま
作品ID51100
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「時事新報」1921(大正10)年7月31日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-03-02 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 去年の寒い冬のころから、今年の春にかけて、たった一ぴきしか金魚が生き残っていませんでした。その金魚は友だちもなく、親や、兄弟というものもなく、まったくの独りぼっちで、さびしそうに水盤の中を泳ぎまわっていました。
「兄さん、この金魚は、ほんとうに強い金魚ですこと。たった一つになっても、元気よく遊んでいますのね。」と、妹がいいました。
「ああ、金魚屋がきたら、五、六ぴき買って、入れてやろうね。」と、兄は答えました。
 ある日のこと、あちらの横道を、金魚売りの通る呼び声が聞こえました。
「兄さん、金魚売りですよ。」と、妹は耳を立てながらいいました。
「金魚やい――金魚やい――。」
「早くいって、呼んでおいでよ。」と、兄はいいました。
 妹は、急いで馳けてゆきました。やがて金魚屋がおけをかついでやってきました。そのとき、お母さんも、いちばん末の弟も、戸口まで出て金魚を見ました。そして、小さな金魚を五ひき買いました。
 水盤の中に、五ひきの金魚を入れてやりますと、去年からいた金魚は、にわかににぎやかになったのでたいへんに喜んだように見えました。しかし、自分がその中でいちばん大きなものですから、王さまのごとく先頭に立って水の中を泳いでいました。後から、その子供のように、小さな五ひきの金魚が泳いでいたのです。これがため水盤の中までが明るくなったのであります。
「兄さん、ほんとうに楽しそうなのね。」と、妹は、水盤の中をのぞいていいました。
「今度、金魚屋がきたら、もっと大きいのを買って入れよう。」と、兄はちょうど、金魚の背中が日の光に輝いているのを見ながらいいました。
「けんかをしないでしょうか?」と、妹は、そのことを気遣ったのであります。しかし、兄は、もっと美しい金魚を買って入れるということより、ほかのことは考えていませんでした。
「金魚やい――金魚やい――。」
 二度めに、金魚屋がやってきたときに、兄は、お母さんから三びきの大きい金魚を買ってもらいました。それらは、いままでいた大きな金魚よりも、みんな大きかったのです。かえって、水盤の中はそうぞうしくなりました。けれど、去年からいた一ぴきの金魚は、この家は、やはり自分の家だというふうに、悠々として水の面を泳いでいました。五ひきの小さな金魚は、おそれたのであるか、すみの方に寄ってじっとしていました。三びきの新しく仲間入りをした金魚のうち二ひきは、ちょいとようすが変わったので驚いたというふうで、ぼんやりとしていましたが、その中一ぴきは生まれつきの乱暴者とみえて、遠慮もなく水の中を走りまわっていました。
 三びきの金魚の入ってきたのをあまり気にも止めないようすで、前からいた一ぴきの金魚は、長い間すみ慣れた水盤の中を、さも自分の家でも歩くように泳いでいますと、ふいに不遠慮な一ぴきが横合いから、その金魚をつつきました。
「あんま…

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