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教育の最大目的
きょういくのさいだいもくてき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新渡戸稲造論集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年5月16日
初出「精神修養 二巻八号」精神修養社、1911(明治44)年8月1日
入力者田中哲郎
校正者ゆうき
公開 / 更新2011-02-16 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 各種生産物が時代の需用に応じて、供給せらるると同じく、教育もまた時代に適応して、その方針を樹立せざるべからず。予は教育に於ては素人なれど、日本国民を如何に教育すべきか、換言せば教育の最大目的は如何との題下に一言述べてみようと思う。
 教育とは「活ける人間を造る」との一言に包含することが出来よう。予のいわゆる活ける人間とは、死せる人間に対する言辞にあらずして、死せる智識や活用されざる学問を有する者に対して言うのみ。専門の学者に在ては活用し得ざる智識また必要ならんも、普通教育に於ては然らず、世間往々学者の常識欠乏せるを言う。実際学問のために常識を弱めらることがあろう。然れども常識のみが智識にあらず、常識以外に智識あり。殊に学問は常識以外の智識にして、学問の蘊奥を極むれば、それだけ常識以外の常識を発達せしむ。これ学問上の智識が常識を圧迫して、その領地を縮小せしむる故に、予は常識のみを養うべしとは言わず、英国の一学者は学術は常識を広むるものなりといえるも、これ常識を甚だ広き意味に解せるものである。とにかく学問は常識以外の智識を養うものにして、原より教育を受けたる者にて、偉人物輩出することがある。けれども教育足りて常識を失い、活ける人間を死せしむるものなしとも限らぬ。故に教育の目的は如何に深淵なる学理の攻究研鑽を積むも、常識圏外に逸する事なく、研学の歩を進むると同時に、活社会を離れず、いわゆる世と推移り時世の進歩傾向を知ると共に、活社会に処して活動するの能力を養うこそ教育の最大目的なるべけれ。然るに学校に在りて多年蒐集したる智識をば一旦業を了え校門を出ずると同時に、そのすべてを失却するもの甚だ多い。仏国の如きこの例に漏れざるものと言うべきである。吾人は教育上の施設に関し、幾多上官の訓示に接しておる。予は教育制度に対して何ら論評を加うるものではないが、その活用に関しては、不満なる能わざるものである。帝国議会は徳育の効果を云為して、文部当局を攻撃するが常なるも、これ甚だ無理の注文である。予が文部に属する一官吏たる小役故、敢て弁護を為すにあらざるも、いずれの処にかよく徳育の効果を収め得たるものなるか、我国が取て以て模範とせる独逸を見よ。彼に犯罪ある、自然主義あるにあらずや、ビスマーク、ビューローを以てするも現カイゼルを以てするも、到底徳育の効果を全うするは不可能の事たるや、明かである。家庭に於ては夫婦喧嘩をなし、一杯機嫌で打擲をなして憚らず、而してその子弟を聖人たらしめよとは矛盾の甚しきものである。さりとて教育者が最善手段を尽せりとして現状に甘んずるの不可なるこというまでもない。
 教育界に唱道せらるるところの教育の統一なるものは、我邦に於て果して能く行われつつあるか、何故に統一の目的たる効果は完全に収められ得られざるかは、思うに教育者がこれを活用するの余裕に乏しきためな…

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