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いがみの権太
いがみのごんた
作品ID51205
副題(明治二十九年一月、明治座)
(めいじにじゅうくねんいちがつ、めいじざ)
著者三木 竹二
文字遣い新字旧仮名
底本 「観劇偶評」 岩波文庫、岩波書店
2004(平成16)年6月16日
初出「めさまし草 巻一、二」1896(明治29)年1、2月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-04-17 / 2014-09-16
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いがみの権太は「義経千本桜」三段目、木の実と鮨屋とにて、局部の主人公と看做すべきものなり。作者出雲、松洛、千柳等はこの権太によりて大物の浦、芳野山の様なる大時代の中に、一の世話場を現ぜしめたり。権太の性質はおよそ三段に分る。木の実と鮨屋の上三分一即ち弥左衛門の出までとの権太は純粋なる悪棍なれど、なほ親子の情愛を解せるものとし、鮨屋の中三分一即ち二度目の出より弥左衛門に突込まるるまでの権太は已に善心に復りたれど、なほ悪棍を装ふものとし、鮨屋の後三分一即ち弥左衛門に突込まれてよりの権太は善心に復りしことを自白せるものとしたるなり。権太の悪棍となりしは隠し女に嵌り、親には勘当せられ、賭事に掛りしためなれば、この道行は尤なれど、善心に復りしを維盛の大事を聞きたるためとしながら、その前に騙りし金を「維盛様御夫婦の路用にせんと盗んだ金」といふは、太だ矛盾せり。権太の苦心の水泡となりしは、作者の懐ける因果応報主義を発表せしものにて「思へばこれまで衒つたも、後は命を衒らるゝ種と知らざる浅間しや」といへる一句はいはゆる狂言の山なるべし。この権太は大和国下市村の男なるに、芝居にて江戸風の大いなせにすることにつきては、已に前人も不審を懐きし所なるが、[#挿絵]は深く咎むべきにも非ざるべし。とにかく五代目幸四郎の今の権太の粉本を作り、三代目菊五郎のこれを潤飾し、今の菊五郎のこれを相承したるは、何人も認めざること能はざる所ならむ。宜なるかな、この頃明治座にての興行に、またかともいはず人波うちての大景気を見ること。今左に菊五郎が権太の科白を細叙して、世の好劇家に示さんとす。
 木の実の場にて、権太は舞台の上手より出づ。仮髪は逆熊にて、髷は右へ曲ぐ。豆絞の手拭を後より巻き、前に交叉はせ、その端を髷の後へ返して、突つ込む。この手拭の被りかたは、権太に限りたるものなりと。顔は僅にとのこをつけしのみにて、下瞼に墨をうすく入れ、青鬚を顎に画く。着附は盲目縞の腹掛の上に、紫の肩いれある、紺と白とのらんたつの銘撰に、絳絹裏をつけ、黒繻子の襟かけたるを着、紺の白木の三尺を締め、尻端折し、上に盲目縞の海鼠襟の合羽に、胴のみ鼠甲斐絹の裏つけたるをはおる。脚絆を着け、素足に麻裏穿き、柳行李と袱裹を振分にして、左の肩に懸け、右の手にさんど笠を提げ、早足に出づ。舞台の下手まで来て「あゝ、草臥た/\」と腰を伸し、空を見上げて「まだ日が高けえや、一服遣つて往かう」と下手の床几に腰を掛け、膝を撫り「悪い道だなあ、この間の雨からすつかり道を悪くした」といひ「お神さん、茶を一杯くんねえ」と茶店を見込み「明けつ放してだれも居ねえのか、この開帳で人の出るのに」とかます烟草入と真鍮の煙管を出し「何だ火もねえや」といひ、上手に向ひて「火を一つ戴きたうございます」と吸ひ付け「あなた方あ、お開帳参でございますね、若子様は道草だ、わ…

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