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明治座評
めいじざひょう
副題(明治二十九年四月)
(めいじにじゅうくねんしがつ)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「観劇偶評」 岩波文庫、岩波書店
2004(平成16)年6月16日
初出「めさまし草 巻四」1896(明治29)年4月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-04-17 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 明治座の一番目「明智光俊誉乗切」は三幕にて、山崎合戦より唐崎の馬別れに終る。例の通「真書太閤記」も一二節に芝居の衣をかけしまでにて、かたりに記せる修羅場の読切といへるには適すれども、むづかしき戯曲論など担ぎ出すべきものに非ず。しかし光俊を見するなら、坂本の宝物渡しまで見すれば少しは筋が通れど、馬別れだけでは喰ひ足りずとは女子供までが申すなり。
 序幕山崎街道立場の場は明智の雑兵の乱暴を羽柴の侍が制する処なるが合戦中の事としては、百姓が長閑気に酒を呑み女に戯るるなど無理なる筋多し。光秀陣中の場は光秀が死を決して斎藤大八郎の諫を用ゐぬ処なるが、ここも双方共あまり先を見通し過ぎて実らしからず。小栗栖村一揆の場は明智の落足を見する処なれど、光秀の代に溝尾が出るまでなれば殆無用に属す。
 二幕目丹吾兵衛住家の場は光俊戦場を逃れて旧明智の臣なる漁師丹吾兵衛を訪ひて、そこにかくまはれし明智の妾菖蒲の方に明智の系図を渡す処なり。ここは時代中の世話場にて、「布引滝」九郎助住家の俤あり。入江長兵衛が光俊を討たんため贋狐憑となりて入込み、光俊が武士をやめむといひて菖蒲の方の打擲に逢ふなど在来の筋なり。物語や立廻りの都合はあれど、光俊がこのいそがしい中で一旦鎧を脱ぎてまた切にこれを着するは想像せられぬことなり。
 三幕目湖水乗切の場は一幕とするほどの者でなきゆゑ、自然光俊が泣過ぎねばならぬ様になるはせんかたなし。何にせよ一番目中にて、これがこの世のといふ白を三度使ふにても、この狂言の面白きを察すべし。即ち光秀と大八郎、光俊と半次郎、光俊と菖蒲の方なり。また本陣の光秀と丹吾宅の光俊が、出陣なさんといふも可笑し。
 市蔵の明智光秀は大志あれども徳望なき大将と見えたり。丹吾兵衛は篤実なる老人と受取らる。
 小団次の斎藤大八郎、諫言の押手利きで、光秀と気味合の別れも応へたり。菊之助の長兵衛は難役を味好くこなしたれど、人品が好すぎたり。栄三郎の同女房もよし。秀調の菖蒲の方は楽にして居たり。福助の光俊臣林半次郎は御苦労なり。
 菊五郎の光俊は惣髪にて、金の新月の前立物ある二谷といふ兜を負ひ、紺糸縅の鎧、お約束の雲竜の陣羽織にて立派なり。人物も光俊は綿密家にてよく何事にも行届きし人の様に思はるる故、其所には箝りたり。物語は立派にて、心底を明さぬ件も光俊の品位を保ちてよし。乗切を見せぬは利口物なり。馬を撫恤る処にて、平手にて舌をこきてやり、次に葦を抜いて馬の毛をこくなどいふ通をやりしは好し。馬別れもあつけなきものをあれほどにこなしたるは先づ好し。この場の馬は人間を使はぬ故、足の工合など好く出来、口の内なども旨く拵へたり。
 中幕「和歌徳雨乞小町」は一幕なり。名は筋を顕すとはこれ等をやいふならん。芝居にならぬものを芝居にするのは作者に非ず、福助に非ず、けだし簀の子にて薬火を燃す男なるべし。それ故に…

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