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雑信一束
ざっしんいっそく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「上海游記・江南游記」 講談社文芸文庫、講談社
2001(平成13)年10月10日
入力者門田裕志
校正者岡山勝美
公開 / 更新2015-03-28 / 2015-02-28
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 欧羅巴的漢口

 この水たまりに映っている英吉利の国旗の鮮さ、――おっと、車子にぶつかるところだった。

二 支那的漢口

 彩票や麻雀戯の道具の間に西日の赤あかとさした砂利道。其処をひとり歩きながら、ふとヘルメット帽の庇の下に漢口の夏を感じたのは、――

ひと籃の暑さ照りけり巴旦杏

三 黄鶴楼

 甘棠酒茶楼と言う赤煉瓦の茶館、惟精顕真楼と言うやはり赤煉瓦の写真館、――その外には何も見るものはない。尤も代赭色の揚子江は目の下に並んだ瓦屋根の向うに浪だけ白じらと閃かせている。長江の向うには大別山、山の頂には樹が二三本、それから小さい白壁の禹廟、……
 僕――鸚鵡洲は?
 宇都宮さん――あの左手に見えるのがそうです。尤も今は殺風景な材木置場になっていますが。

四 古琴台

 前髪を垂れた小妓が一人、桃色の扇をかざしながら、月湖に面した欄干の前に曇天の水を眺めている。疎な蘆や蓮の向うに黒ぐろと光った曇天の水を。

五 洞庭湖

 洞庭湖は湖とは言うものの、いつも水のある次第ではない。夏以外は唯泥田の中に川が一すじあるだけである。――と言うことを立証するように三尺ばかり水面を抜いた、枯枝の多い一本の黒松。

六 長沙

 往来に死刑の行われる町、チフスやマラリアの流行する町、水の音の聞える町、夜になっても敷石の上にまだ暑さのいきれる町、鶏さえ僕を脅すように「アクタガワサアン!」と鬨をつくる町、……

七 学校

 長沙の天心第一女子師範学校並に附属高等小学校を参観。古今に稀なる仏頂面をした年少の教師に案内して貰う。女学生は皆排日の為に鉛筆や何かを使わないから、机の上に筆硯を具え、幾何や代数をやっている始末だ。次手に寄宿舎も一見したいと思い、通訳の少年に掛け合って貰うと、教師愈仏頂面をして曰、「それはお断り申します。先達もここの寄宿舎へは兵卒が五六人闖入し、強姦事件を惹き起した後ですから」!

八 京漢鉄道

 どうもこの寝台車の戸に鍵をかけただけでは不安心だな。トランクも次手に凭せかけて置こう。さあ、これで土匪に遇っても、――待てよ。土匪に遇った時にはティップをやらなくっても好いものかしら?

九 鄭州

 大きい街頭の柳の枝に辮髪が二すじぶら下っている。その又辮髪は二すじとも丁度南京玉を貫いたように無数の青蠅を綴っている。腐って落ちた罪人の首は犬でも食ってしまったのかも知れない。

十 洛陽

 モハメット教の客桟の窓は古い卍字の窓格子の向うにレモン色の空を覗かせている。夥しい麦ほこりに暮れかかった空を。

麦ほこりかかる童子の眠りかな

十一 龍門

 黒光りに光った壁の上に未に仏を恭敬している唐朝の男女の端麗さ!

十二 黄河

 汽車の黄河を渡る間に僕の受用したものを挙げれば、茶が二椀、棗が六顆、前門牌の巻煙草が三本、カアライルの「仏蘭西革命史」が…

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