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北京日記抄
ぺきんにっきしょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「上海游記・江南游記」 講談社文芸文庫、講談社
2001(平成13)年10月10日
入力者門田裕志
校正者岡山勝美
公開 / 更新2015-03-31 / 2015-02-28
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 雍和宮

 今日も亦中野江漢君につれられ、午頃より雍和宮一見に出かける。喇嘛寺などに興味も何もなけれど、否、寧ろ喇嘛寺などは大嫌いなれど、北京名物の一つと言えば、紀行を書かされる必要上、義理にも一見せざる可らず。我ながら御苦労千万なり。
 薄汚い人力車に乗り、やっと門前に辿りついて見れば、成程大伽藍には違いなし。尤も大伽藍などと言えば、大きいお堂が一つあるようなれど、この喇嘛寺は中々そんなものにあらず。永祐殿、綏成殿、天王殿、法輪殿などと云う幾つものお堂の寄り合い世帯なり。それも日本のお寺とは違い、屋根は黄色く、壁は赤く、階段は大理石を用いたる上、石の獅子だの、青銅の惜字塔だの(支那人は文字を尊ぶ故、文字を書きたる紙を拾えば、この塔の中へ入れるよし、中野君の説明なり。つまり多少芸術的なる青銅製の紙屑籠を思えば好し。)乾降帝の「御碑」だのも立っていれば、兎に角荘厳なるに近かるべし。
 第六所東配殿に木彫りの歓喜仏四体あり。堂守に銀貨を一枚やると、繍幔をとって見せてくれる。仏は皆藍面赤髪、背中に何本も手を生やし、無数の人頭を頸飾にしたる醜悪無双の怪物なり。歓喜仏第一号は人間の皮をかけたる馬に跨り、炎口に小人を啣うるもの、第二号は象頭人身の女を足の下に踏まえたるもの、第三号は立って女を婬するもの。第四号は――最も敬服したるは第四号なり。第四号は牛の背上に立ち、その又牛は僭越にも仰臥せる女を婬しつつあり。されど是等の歓喜仏は少しもエロティックな感じを与えず。只何か残酷なる好奇心の満足を与うるのみ。歓喜仏第四号の隣には半ば口を開きたるやはり木彫りの大熊あり。この熊も因縁を聞いて見れば、定めし何かの象徴ならん。熊は前に武人二人(藍面にして黒毛をつけたる槍を持てり)、後に二匹の小熊を伴う。
 それから寧阿殿なりしと覚ゆ。ワンタン屋のチャルメラに似たる音せしかば、ちょっと中を覗きて見しに、喇嘛僧二人、怪しげなる喇叭を吹奏しいたり。喇嘛僧と言うもの、或は黄、或は赤、或は紫などの毛のつきたる三角帽を頂けるは多少の画趣あるに違いなけれど、どうも皆悪党に思われてならず。幾分にても好意を感じたるはこの二人の喇叭吹きだけなり。
 それから又中野君と石畳の上を歩いていたるに、万福殿の手前の楼の上より堂守一人顔を出し、上って来いと手招きをしたり。狭い梯子を上って見れば、此処にも亦幕に蔽われたる仏あれど、堂守容易に幕をとってくれず。二十銭出せなどと手を出すのみ。やっと十銭に妥協し、幕をとって拝し奉れば、藍面、白面、黄面、赤面、馬面等を生やしたる怪物なり。おまけに又何本も腕を生やしたる上、(腕は斧や弓の外にも、人間の首や腕をふりかざしいたり)右の脚は鳥の脚にして左の脚は獣の脚なれば、頗る狂人の画に類したりと言うべし。されど予期したる歓喜仏にはあらず。(尤もこの怪物は脚下に二人の人間を踏まえ…

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