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湖畔手記
こはんしゅき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「子をつれて」 岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年10月5日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-05-19 / 2014-09-16
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 たうとうこゝまで逃げて來たと云ふ譯だが――それは實際悲鳴を揚げながら――の氣持だつた。がさて、これから一體どうなるだらう、どうするつもりなんだらうと、旅館の二階の椅子から、陰欝な色の湖面を眺めやつて、毎日幾度となく自問自答の溜息をついた。海を拔くこと五千八十八尺の高處、俗塵を超脱したる幽邃の境、靈泉湧出して云々――と書き出してある日光湯本温泉誌と云ふのを、所在ないまゝに繰りひろげて讀んで見ても、自分の氣持は更にその境に馴染んで來なかつた。よくもこゝまで上つて來たものではある、が今度はどうして下れるか、自分の蟇口は來る途中でもう空になつてゐた。どこに拾圓の金を頼んでやれる宛はないのである。心細さの餘り、自分はおゝ妻よ! と、郷里の妻のことを思ひ浮べて、幾度か胸の中に叫んだ。でこの手記は、大體妻へ宛てゝ書くつもりだが、が特に何かの理由を考へ出したと云ふ譯では無論ないのだ。昨日――九月九日のある東京新聞の栃木版に、生ける屍の船長夫妻と云ふ見出しで、船の衝突で多數の人命を失つた責任感から、夫妻で家出して、鹿沼町の黒川と云ふ川に深夜投身自殺を計つたが、未遂で搜し出されたと云ふ記事を自分は寢床の中で讀んだが、町の人々の間にはそれが狂言自殺だなぞと云ふ非難もあると書かれてゐるが、そんな年配の夫婦が狂言自殺?――そんなことがあり得るだらうか。そしてまた、その生ける屍と云ふ文句が、自分の聯想を更に暗い方に引いて行つた。
「生ける屍か……」と、自分はふと口の中で呟いた。
 白根山一帶を蔽うて湧き立つ入道雲の群れは、動くともなく、こちらを壓しるやうに寄せ來つつある。そして湖面は死のやうに憂欝だ。自分の胸は弱い。そして痛む。人、境、倶不奪――なつかしき、遠い郷里の老妻よ! 自分は今ほんたうに泣けさうな氣持だ。山も、湖水も、樹木も、白い雲も、薄緑の空も、さうだ、彼等は無關心過ぎる!
 今日は東京で、親しい友人の著作集の出版記念會に、自分も是非出席しなければならないのだつた。それも駄目、あれも駄目。仕事の方も駄目、皆駄目なことになるのだ。斯うしてすべての友人からも棄てられ、生活からも棄てられて、結局生ける屍となるか、死せる屍となるか、どちらかなんだらうが、慘めな悲鳴を揚げつゝ逃げ[#挿絵]る愚か者よ! 自分は自分のその、慘めな姿を凝視するに堪へない。
 雲の山が、いつの間にか、群山を壓してしまつてゐる。湖水は夕景の色に變つてゐる。自分は少し散歩して來よう。……
 白根山、雲の海原夕燒けて、妻し思へば、胸いたむなり。
 秋ぐみの、紅きを噛めば、酸く澁く、タネあるもかなし、おせいもかなし。
 湯瀧のさき、十五町ほど湖畔の道を、戰場ヶ原を一眸の下に眺められるあたりまで、道々花を摘みながら、ゆつくりと歩いた。原一面薄紫色に煙つてゐた。何と云ふ美しい眺めだらう。十八九年前の思ひ出から、自分は夕…

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