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子をつれて
こをつれて |
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作品ID | 51221 |
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著者 | 葛西 善蔵 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「子をつれて」 岩波文庫、岩波書店 1952(昭和27)年10月5日 |
初出 | 「早稻田文學」1917(大正6)年8月 |
入力者 | 川山隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-06-09 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 35 ページ(500字/頁で計算) |
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一
掃除をしたり、お菜を煮たり、糠味噌を出したりして、子供等に晩飯を濟まさせ、彼はやうやく西日の引いた縁側近くへお膳を据ゑて、淋しい氣持で晩酌の盃を甞めてゐた。すると御免とも云はずに表の格子戸をそうつと開けて、例の立退き請求の三百が、玄關の開いてた障子の間から、ぬうつと顏を突出した。
「まあお入りなさい」彼は少し酒の氣の[#挿絵]つてゐた處なので、坐つたなり元氣好く聲をかけた。
「否もうこゝで結構です。一寸そこまで散歩に來たものですからな。……それで何ですかな、家が定まりましたでせうな? もう定まつたでせうな?」
「……さあ、實は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下さい」
彼は起つて行つて、頼むやうに云つた。
「別にお話を聽く必要も無いが……」と三百はプンとした顏して呟きながら、澁々に入つて來た。四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服裝してゐる。併し斯うした商賣の人間に特有――かのやうな、陰險な、他人の顏を正面に視れないやうな變にしよぼ/\した眼附してゐた。
「……で甚だ恐縮な譯ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度歸ることになつて居るのですから、どうかこの十五日まで御猶豫願ひたいものですが、……」
「出來ませんな、斷じて出來るこつちやありません!」
斯う呶鳴るやうに云つた三百の、例のしよぼ/\した眼は、急に紅い焔でも發しやしないかと思はれた程であつた。で彼はあわてゝ、
「さうですか。わかりました。好ござんす、それでは十日には屹度越すことにしますから」と謝まるやうに云つた。
「私もそりや、最初から貴方を車夫馬丁同樣の人物と考へたんだと、そりやどんな強い手段も用ゐたのです。がまさかさうとは考へなかつたもんだから、相當の人格を有して居られる方だらうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云ひなりになつて延期もして來たやうな譯ですからな、この上は一歩も假借する段ではありません。如何なる處分を受けても苦しくないと云ふ貴方の證書通り、私の方では直ぐにも實行しますから」
何一つ道具らしい道具の無い殺風景な室の中をじろ/\氣味惡るく視[#挿絵]しながら、三百は斯う呶鳴り續けた。彼は、「まあ/\、それでは十日の晩には屹度引拂ふことにしますから」と、相手の呶鳴るのを抑へる爲め手を振つて繰返すほかなかつた。
「……實に變な奴だねえ、さうぢや無い?」
やう/\三百の歸つた後で、彼は傍で聽いてゐた長男と顏を見交はして苦笑しながら云つた。
「……さう、變な奴」
子供も同じやうに悲しさうな苦笑を浮べて云つた。……
狹い庭の隣りが墓地になつてゐた。そこの今にも倒れさうになつてゐる古板塀に繩を張つて、朝顏がからましてあつた。それがまた非常な勢ひで蔓が延びて、先きを摘んでも/\わきから/\と太いのが出て來た。そしてまたその葉が馬鹿…