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太政官
だじょうかん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鱧の皮」 岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年11月5日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-05 / 2014-09-16
長さの目安約 69 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 太政官。それは私たちがまだ生れぬ前にあつたものださうな。――
「太政官て何のことやいな、一體。」
「知らんのかいな、阿呆。……教へたろか、新田の茶瓶のこつちや。」
「そら知つてるがな、言はんかて。……其の太政官て何のことやね。」
「太政官ちうたら、太政官やがな。お上の役人のこつちや。」
 中の村の青年會の事務所で、二人の若い男がこんなことを言つてゐると、今一人の稍年を取つた男が、
「二人ながら知りはらんのか、あかんな。太政官ちうのは、明治十八年まであつたんで、つまり今の内閣のことや。……太政大臣がゐて、それが今の總理大臣や、それから左大臣に右大臣、參議が四五人、これだけで最高の政治をしてたんやがな。」と、下唇の裏を前齒で噛み/\言つた。
「あゝ、さよか。……そいで新田の茶瓶さんが、この村の太政官ちうことだすな。」と、常吉と呼ばるゝ、材木屋の二男は、さも感心したといふ風で言つた。
「あの太政官も、もうあけへんがな、中風で杖つかな、座敷も歩かれへん。」と、伊之助といふ中百姓の長男は、其の白く廣い額に、ラムプの光を受けて、眩しさうにしてゐた。
「中風でも、レコの方は生れてから一遍も知らんのやちうさかいなア、あゝなつても、なかなか保つちうやないか。」と、仙太郎といふ漂輕な若者は、右の拳で變な形をして見せつゝ、高らかに笑つた。これは郵便局の一人息子で、父に代つて事務を取つたりしてゐた。
「ぽし/\始めようか。……竹さんは今夜休むんやろ、待つてゝも仕樣がない。」と、年嵩の淺野貞一といふ小學校教員は言つた。徴兵前の男ばかりの中に、この人の二十三といふのが目立つて老けてゐる。
「さうだすな。」と三人の若者は、近頃喫み習ひかけた煙草の道具を片付けて、其處に並べてある形の揃はぬ寺子屋流の机に向つた。正面には淺野先生が構へ込んで、手摺れのした黄表紙の日本外史を披いた。他の三人も銘々に同じ本を披いた。
「……頼朝乃屬之狩野宗茂具湯沐令姫千手侍浴。因問其所欲。重衡欲削髮頼朝不許。因餽酒遣千手及工藤祐經佐之。祐經[#挿絵]皷。千手彈琵琶。重衡屬杯千手。朗吟曰燭暗數行虞氏涙。夜深四面楚歌聲。頼朝微行。側耳戸外聞而憐之。更遣名妓伊王。與千手更直。明年六月。以南都僧侶請。斬于奈良阪。二女削髮爲尼云。」
 常吉が行き止まり/\、此處まで讀んで來ると、淺野先生は雙子織の羽織の胸に附けた紙捻の紐を結び直しながら、太い聲で、
「其處まで。」と言つた。さうして常吉は其の半枚を、講義しかゝつたが、解らぬところが多くて、淺野が殆ど總てを代つて講じた。
「これでは輪講やないな。のツけ(初めの事)から淺野はんに教へてもろた方がよいやないか。」と、仙太郎は笑つた。常吉は面皰の多い顏を眞赤にして差し俯伏いた。
「……千手と、それから工藤祐經をやつて、酒の相手をさした。……相手といふのも可笑しいが、まア取り…

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