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父の婚礼
ちちのこんれい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鱧の皮」 岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年11月5日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-21 / 2014-09-16
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 父の婚禮といふものを見たのは、決して自分ばかりではない。それは繼母といふものを有つた人々の、よく知つてゐることである。
 曾て、クロポトキンの自傳を讀んだ時、まだ二十とはページを切らぬところに、父の婚禮を見ることが書いてあつたことを覺えてゐる。
 ……母が死んでから、父はもうそろ/\其の眼を世間の若い美しい娘たちの上に投げた。――といふやうなことが、あの黄色い假表紙の本の初めの方にあつたと思ふ。父の第二の婚禮の折の、子としての寂しさ、悲しさも書いてあつたであらう。いや確かに書いてあつた。
 自分はそれを讀んだ時、礑と自分の身の上に突き當つたやうな氣がして、暫く其のページを見詰めてゐた。さうしてゐると、あの一面に刷つた小ひさな文字が、數知れぬ粟のやうな腫物に見えて來て、全身がむず痒くなつた。それ以來自分はあの書物のあの邊を披いたことがない。
 自分の母の亡なつたのは、六月の七日で、村の若い衆たちが、娘のある家をつぎ/\へ、張店を素見すやうにして歩き[#挿絵]るには、おひ/\と好い時候であつた。
 昔は其の土地の支配者であつたといふ身分の程も考へねば、もう五十に間もないらしい年と、二十歳臺からかうであつたと自身には言つてゐる其のツル/\とした高張といふ名のついた頭とに、恥づる風もなく、父は毎晩若い衆たちに混つて、娘のある家へ夜遊びに出掛けた。
「父母の齡をば知らざる可からず。」
 かういふ言葉が、自分の其の頃無理に習つた難かしい本の中にあつたので、自分は時々父に向つて、
「お父つあん幾つ――。」と問ふことがあつた。其の度に父は態とらしい大聲を出して笑ひながら、
「お父つあん、十八。」と答へるのが常であつた。父は何故あのやうに年齡をいふことを厭がるのであらうか、と其の頃自分は不思議でならなかつた。
 父の一人兒であつた自分は、其の腰巾着のやうに、行くところへは必ず附いて行くといふ風であつた。九歳頃から十二三まで、殊に母の亡つた十二の年なぞは、夜も父と同じ蒲團に寢た。たゞ父は夜になつて外へ出る時だけ、決して自分を連れて行かうとはしなかつた。自分も夜は外へ出るものでないと思つてゐた。
 客があると、自分は何時でも、父の側に坐つて、會話を聽いてゐた。話の模樣によつては、自分も時折口を出したりした。厭な子供だと嘸客がさう思つたであらう。今考へると冷汗が出る。食事時になつて、客に酒を出したり、飯を進めたりしても、自分は父と客との傍を動かなかつた。父は客に出した肴を自分にも手鹽皿へ取り分けて呉れて、むしや/\と喰べることを許した。鍋物なぞが出ると、自分は遠慮なく鍋の中へ箸を入れた。
「大變に頂戴しました。……結構ですな、御子息は、お幾つだすか。」
「十二になります、柄ばつかりで薩張りあきまへん。……死んだ母親は醫者にしたがつてましたが、本人は軍人になるいうてますよつて…

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