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死者の権利
ししゃのけんり
作品ID51272
著者浜尾 四郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集5 浜尾四郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1985(昭和60)年3月29日
初出「週刊朝日 秋季特別号」1929(昭和4)年9月20日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-07-27 / 2014-09-16
長さの目安約 63 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 実際あった犯罪事件というものはあなた方にとっては割に面白くないものですよ。私達法律家から見て、非常に面白いと見えるものは却ってあなた方の興味を惹かないようですし、またあなた方が特に興味をもっていられるような事件や話は、私達には余り面白くないように思われるのです。之はあなた方探偵小説作家の興味の中心と、われわれ法律家のそれとが大分隔たっているからではないでしょうか。例之、探偵小説には犯人が捕まるまでが多く描かれ、それが興味の中心となっておるようですが、法律家からいえば、犯人が捕まるまでも無論大切ですけれども、捕まってからの方が苦心をする所であり、又興味もある所なのです。それだからどうしてもあなた方がお書きになる小説とは、面白味の中心が違うわけなんですよ。

 かつて東京地方裁判所検事であり、今弁護士という職にある土田八郎氏はこう語りながら、スリーキャッスルの煙をふっと天井に向って吹くと、意味あり気に微笑して私を見た。彼がこんな事を言い出したのには理由がある。
 私はこれまでたびたび土田氏を訪問して、種々彼の取り扱った事件を聞いたのだが、実は一つも未だ小説の材料に使ったことがない。
 というのが、今も正しく彼自身でいっている通り、土田氏が頻りと面白がって語り出す実話は多くは法律問題としては面白いものではあろうが、法律に素人の私には余り面白くないものばかりだった。なるほど法律の専門家にとっては、極めて複雑な事件なのかも知れないけれども、探偵小説趣味から言うと一向に面白くない事件が多かったのである。
 たまに私が、探偵小説趣味を逆に此方からすると、彼はひどく馬鹿らしそうに、
「そりゃ単純な殺人事件ですよ。問題はありませんよ」
 とか又は、
「そんな事は探偵小説には有るかも知れませんが、事実問題としては考えられませんね」
 とか、極めて簡単に片付けてしまうのが常であった。
 私の聞こうとしている趣味と、彼の趣味とが大分違っていることにこのごろ気が付いて来たと見え、今日しも亦執拗に何か材料を得ようと彼を訪ねた私に、まず初手からあっさりと来たわけなのであった。
 ところが、こんな事をいいながら彼は話をつづけた。



 今日は、多少あなたの参考になりそうな事件の話をお聞かせしましょう。尤もどの程度に面白いかは判りませんが、そこはあなたの腕次第で、勝手に例の空想でも想像でも加えたらよいでしょう。但しこの話のすべては、私が直接職務の上で関係しているのですから、当事者の名を明かにするわけには行きません。凡て仮名を用いますからその積りで聞いて頂きたいのです。
 事件は、先ず私が検事をしていた時から始まります。
 仮名ですからこう申しても、或いはすぐ思い浮べられないかも知れませんが、昭和×年の秋、須山健吉という有名な実業家の息子で、須山春一という、あの当時二十五歳の青年が…

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