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荷風戦後日歴 第一
かふうせんごにちれき だいいち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「葛飾こよみ」 毎日新聞社
1956(昭和31)年8月25日
入力者H.YAM
校正者米田
公開 / 更新2012-11-19 / 2016-02-21
長さの目安約 52 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

昭和廿一年一月一日(熱海にて)

 一月初一。晴れて風なし。またとはなき好き元旦なるべし。去年の暮町にて購ひ來りし暦を見て、久振に陰暦の日を知り得たり。今日は舊十一月廿八日なるが如し。世の噂によれば諸會社株配當金も去年六月以後皆無となりしのみならず、今年は個人の私有財産にも二割以上の税かゝると云。今日まで余の生活は株の配當金にて安全なりしが、今年よりは賣文にて餬口の道を求めざるべからず。去秋以後收入なきにあらねど、そは戰爭中徒然のあまり筆とりし草稿、幸にして燒けざりしを售りしが爲なり。七十歳近くなりし今日より以後、余は曾て雜誌文明を編輯せし頃の如く筆執ることを得るや否や。六十前後に死せざりしは此上もなき不幸なりき。老朽餓死の行末思へばおそろし。朝飯を節するがため褥中に書を讀み、正午に近くなるを待ち階下の臺所に行き葱と人參とを煮、麥飯の粥をつくりて食ふ。食後炭火なければ再び寐床に入り西洋紙に鉛筆にて賣文の草稿をつくる。
 一月初二。晴。ヒユースケン墓の事をかきて墓畔の梅と題し、時事新報社に送る。
 一月初三。半晴。風寒からず。新生社青山氏來話。[#挿絵]下大雨。
 一月初四。晴。暖。草稿を青山氏に郵送す。
 一月初五。半晴。風寒し。銀座町にて饅頭を買ふ。一箇金三十圓。甘いこと請合なりと言へり。
 一月初六。日曜日。半晴。洋傘を買ふ。貳百九拾圓。
 一月初七。晴。移轉の日も遠からねば座右の物を整理す。
 一月初八。晴。風甚寒し。
 一月初九。南風、稍暖。森銑三氏來書。
 一月十日。晴。時事新報記者石川輝氏來話。
 一月十一日。晴。籾山梓月子來書。
 一月十二日。晴。寒甚し。此地の鳶頭重さん來りて轉居の荷づくりをなす。
 一月十三日。日曜日。
 一月十四日。晴。暖。東京の諸友に市川へ轉居の事を報ず。
 一月十五日。晴。木戸氏來話。
 一月十六日。晴。早朝荷物をトラツクに積む。五叟の妻、長男、娘これに乘り朝十一時過熱海を去る。余は五叟、その次男、田中老人等と一時四十分熱海驛發臨時列車に乘る。乘客雜沓せず。夕方六時市川の驛に着す。夜色暗淡。歩みて菅野二五八番地の借家に至る。トラツクの來るを待てども來らず。八時過に及び五叟の細君その娘と共に來りトラツク途中にて屡故障を生じたれば横濱より省線電車に乘換へたりと云。長男十時過に來りトラツク遂に進行しがたくなりたれば目黒の車庫に至り、運轉手明朝車を修繕して後來るべしと云ふ。夜具も米もなければこれを隣家の人に借り哀れなる一夜を明したり。
 一月十七日。晴。荷物を積みし車の來りしは日も既に暮れ果てし後なり。米炭その他盜れしもの少からずと云。
 一月十八日。晴。近巷空地林園多くして靜なり。時節柄借家としては好き方なるべし。省線市川の停車場まで十五分ばかりと云。
 一月十九日。晴。寒甚しからず。荷物を解き諸物を整理す。省線停車場前に露…

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