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富籤
とみくじ
作品ID51354
原題ВЫИГРЫШНЫЙ БИЛЕТ
著者チェーホフ アントン
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「カシタンカ・ねむい 他七篇」 岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年5月16日
入力者米田
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-07-18 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 イワン・ドミートリッチは中流階級の人間で、家族と一緒に年に千二百ルーブルの収入で暮らして、自分の運命に大いに満足を感じている男であった。或る晩のこと夜食のあとで、彼は長椅子の上で新聞を読みはじめた。
「私、今日はうっかりして新聞も見なかったのよ」と彼の細君が、食器のあと片附けをしながら言った。
「当り籤が出てないか、ちょっと見て下さいな。」
「ああ、出てるよ」とイワン・ドミートリッチは言った、「だけど、お前の富札は質流れになってるんじゃないのかい?」
「いいえ、火曜日に利子を入れて置いたのよ。」
「何番だったね?」
「九四九九号の二十六番ですわ。」
「よしよし、……ひとつ探してやろう。……九四九九の二十六と。」
 イワン・ドミートリッチは籤運などは信用しない男であったから、ほかの時なら何と言われたって当り籤の表など振り向きもしなかったにちがいない。けれど今はほかに何のすることもないし、おまけに新聞がちょうど眼の前にあるので、彼はついその気になって番号を上から下へと指で追って行った。するとたちまち、まるで彼の不信心を嘲笑うかのように、九四九九という数字が彼の両眼に跳びついて来た。彼はもう札の番号などには眼もくれず見直しもしないで、いきなり新聞を膝の上に落としたかと思うと、まるで自分の腹の上に冷水でもはねかけられたように、鳩尾のところに冷やりと実にいい気持がした。擽ったいような、空恐ろしいような、妙に甘ったるい気持がした。
「マーシャ、あったぞ、九四九九が!」と彼は胴間声をあげた。
 細君は彼のびっくりしたような呆れ返ったような顔をじろじろ眺めて、これはふざけているのじゃないと思った。
「本当に九四九九なの?」と彼女は顔色を変えて、折角たたんだテーブルクロスをまた卓の上にとり落としてしまった。
「そうだ、本当なんだ……本当にあったぞ!」
「でも、札の番号はどう?」
「あ、そうだっけ。まだ札の番号って奴があるんだね。だが、お待ち。……ちょっとお待ち。いいや、それが何だというんだ。どっちみち、俺たちの番号はあるんだ。どっちみちだよ、解るかい?……」
 イワン・ドミートリッチは細君の顔を見ながら、まるで赤ん坊が何かきらきらする物を見せられた時のような、幅ったるいぽかんとした笑顔になった。細君も笑いだした。彼がただ号の番号を言っただけで、この幸運の札の番号を急いで探さないところが、彼女にもやはり楽しみだったのである。ひょっとしたら舞い込むのかもしれない幸運の期待で、自分の心を苛立たせ焦らすのは、何とまあわくわくして面白いんだろう!
「俺たちの号はあったんだ」とイワン・ドミートリッチは少し黙ってから言いついだ、「つまり、俺たちが当たったのかもしれない見込みがあるんだ。見込みだけなんだよ。けど、その見込みは儼然としてあるんだ。」
「そうよ、だから見て御覧なさいよ。」
「待…

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