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カシタンカ
カシタンカ
作品ID51366
原題КАШТАНКА
著者チェーホフ アントン
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「カシタンカ・ねむい 他七篇」 岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年5月16日
入力者米田
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-07-23 / 2014-09-21
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 行儀がわるい

 まるできつねみたいな顔つきをした一匹の若い赤犬が――この犬は、足の短い猟犬と番犬とのあいのこだが――歩道の上を小走りに行ったりきたりしながら、不安そうにあたりをきょろきょろ見まわしていた。赤犬は、ときどき立ちどまっては、泣きながら、こごえた足をかわるがわる持ちあげて、どうしてこう道にまようようなへまなことをしでかしたんだろうと一生けんめい考えた。
 赤犬は、自分がどんなふうに、きょう一日を暮らし、どうして、しまいにこの見知らぬ歩道へまよいこんだのか、はっきりおぼえていた。
 たしか、きょうが始まったのは、主人のさしもの師ルカー・アレクサンドルィチが、帽子をかぶり、赤い布切れに包んだ、何か木製品をこわきにかかえて、――
「カシタンカ、行こうぜ!」
と呼んだ、あのときである。
 自分の名まえが呼ばれたのを聞くと、カシタンカは、今までかんなくずの上でねむっていたが、仕事台の下から、ごそごそはいだしてきて、さも気持よさそうにぐっと一つのびをしてから、主人についてかけだした。ルカー・アレクサンドルィチのお得意さきは、みんな、おそろしく遠いところにあったので、そのうちの一軒にたどりつくまでに、さしもの師はなんども居酒屋へよっては、ぐっと一ぱいひっかけて、元気をつけなければならなかった。カシタンカは、その道々、自分はずいぶん行儀がわるかったのを思いだした。散歩につれて行ってもらえるのがうれしかったので、ぴょんぴょんとびはねたり、鉄道馬車にほえついたり、よその家々の庭さきへはいりこんで、そこの犬を追いまわしたりしたのである。さしもの師は、しょっちゅうカシタンカのすがたを見うしなっては立ちどまり、ぷりぷりしながらどなりつけた。一度なんか、今にも食いつきそうなこわい顔つきで、カシタンカのきつねのような耳をひっつかみ、ぐいと引っぱって、とぎれとぎれにこんな悪たいをついたりした。
「くた……ばり……やが……れ、……この……コレラやろうめ!」
 お得意さきをまわりおえると、ルカー・アレクサンドルィチは、ちょっと妹のうちへよって、そこでお酒を飲み、軽く腹ごしらえをした。妹のうちを出てから、彼は知りあいの製本屋へまわり、製本屋から居酒屋へ、居酒屋から名づけ親のところへというあんばいに、あっちこっちへ顔をだした。つまり、カシタンカがこの見知らぬ歩道へやってきたころには、もう夕がたになっていて、さしもの師はべろべろによっぱらっていた。かれは両手をふりまわして、大きな息をはきながらぶつぶつ言った。
「おれは、どうせ生まれぞこないさ! ああ、そうとも! 今だからこうしてのんきに町を歩いて、街燈なんか見ちゃいるけどな、おれが死んだら――地獄の火で焼かれるにちがいないさ。……」
 そうかと思うと、急にやさしい調子に変わって、カシタンカを呼ぶと、こう言った。
「なあ、カシタンカ、…

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