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ある夜の姉と弟
あるよのあねとおとうと
作品ID51503
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-11-20 / 2017-10-25
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある日のこと、義夫は、お母さんにつれられて町へいくと、露店が並んでいました。くつしたや、シャツなどを拡げたのや、バナナを積み上げて、パン、パンと台をたたいているのや、小間物を並べたのや、そうかと思うと、金だらいの中で金魚を泳がしているのや、いろいろでありましたが、あるところへくると、ちょうど自分くらいの男の子が、集まっている店がありました。それは、やどかりのはいった、箱をござの上へ置いて、売っているのでした。やどかりは、小さなはしごの上へ登ったり、たがいに組み打ちをやったり、転げ合ったりしていました。どれも脊中にかわいらしい貝を負っている、歩くときはかにに似た不思議な虫でありました。いったいどこから、持ってきたのだろうかと、義夫は、しばらくお母さんと立ってながめていました。
「あんな大きいのがいるよ。」と、このとき義夫は、目をみはりました。
 そのやどかりは大きな白いとげのある貝を負っていました。
「よくあんな大きな貝を負って歩けますね。」
「おばさん、こんなのどこにいるの。」と、きいた子供があります。義夫は、自分も心にそう思っていたので、いいことをきいてくれたと思いました。
「この白い大きいのは、小笠原島からきたのですよ。みんな、遠い南の方からきたものばかりです。」と、やどかりを商うおばさんは、いいました。
 小笠原といえば、ずっと南のやしの木が茂る熱帯の地であると思いました。
「お母さん、あの爆発した三宅島より、もっと遠いんですね。」と、義夫は、いいました。
「僕、ほしいな。」
「およしなさい。家へ持って帰ると、じき死にますからね。」と、お母さんは、困ったようなお顔をなさいました。
 それでほかの学用品など買ってもらって、家へ帰ったけれど、やはり、やどかりの姿が目に残っていました。また話が耳に残っていました。
「どうしてやどかりに、こんないろんな形があるの。」と、ほかの子供が、きいたら、
「やどかりは、自分の好きな貝がらをさがして、幾度も、幾度も、その中へ入ってみて、気にいったのを自分のすみかとするのだそうです。」と、おばさんのいったことなどが思い出されたのでした。
 義夫は、お姉さんにお願いして、買ってもらおうかと思いました。そのうちに、晩方になると、幾度も時計を見上げて、もうお姉さんはどこを歩いているだろうと空想しました。そして、お姉さんが、お勤めから帰ってくると、
「お姉さん、僕に、やどかりを買ってくれない?」といって、頼みました。
「町に、売っていたの?」
「うん、お姉さん見たのかい。」
「見ないけれど、明日の晩にいって買ってあげましょうね。」と、お姉さんは、答えました。
「お母さん、お姉さんに、やどかりを買ってもらっていいでしょう。」と、義夫は、ききました。
「買ってくださるなら、おもらいなさい。けれど、じきに死にますが、かわいそうでない?」…

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