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風七題
かぜしちだい |
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作品ID | 51518 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 14」 講談社 1977(昭和52)年12月10日 |
初出 | 「子どもの村」1948(昭和23)年7月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2018-01-14 / 2017-12-26 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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一
子どもは、つくえにむかって、勉強をしていました。秋のうすぐらい日でした。柱時計は、カッタ、コット、カッタ、コットと、たゆまず時をきざんでいましたが、聞きなれているので、かくべつ耳につきません。それより、高まどの、やぶれしょうじが、風のふくたびに、かなしそうな歌をうたうので、子どもは、じっと耳をすますのでした。
風はときには、沖をとおる汽船の笛とも、調子を合わせたし、また、空に上がるたこのうなりとも、調子を合わせました。
子どもは、これを聞いて、よろこんだり、うれしがったり、もの思いにふけったりして、勉強をわすれることがありました。
子どもには、さまざまな、風の歌が、わかるのでした。
二
東京から、兄さんが、帰ってくるというので、子どもは、停車場へ、むかえにでました。
一人、さくにもたれて、汽車のつくのをまっていると、そばに、きれいな女の人が、かばんをさげて立っていました。
そよ風が、その人の、長いたもとをかえし、ほつれ毛をふいて、いいにおいをおくりました。子どもは、やさしいすがたが、したわしくなりました。
そのうち、汽車がつくと、女の人は乗りました。けれども、兄さんは、帰ってきませんでした。
子どもは、かなしみをこらえて、田んぼの細道を、わが家の方へもどりました。
青田の上を、わたる風が、光の波をつくり、さっきの、きれいな人のまぼろしがうかぶと思うと、はかなく、きえてしまいました。
子どもは、口笛をならしました。
三
三人の子どもたちが、広い空き地で、遊んでいました。そこには、くるみの木、くりの木、かきの木、ぐみの木などが、しげっていました。
一人が、くるみの木へのぼって、ハーモニカをふきました。一人は、くりの木の下で、竹ざおをもって、かぶと虫をとっていました。もう一人は、ぐみの木のえだをわけて、熟した実をさがしていました。
このとき、ゴウッと音をたて、風が、おそいました。すると、とんぼが、うすい羽をきらめかしながら、ふきとばされてきました。
「やんまだぞう。」と、さおをもった、子どもが、さけびました。
空は、みどり色に晴れて、太陽は、みごとにさいた花のごとく、さんらんとかがやきました。
また、ひとしきり、風がわたりました。そのたびに、木々のえだが、波のごとくゆれて、ハーモニカの音も、きえたり聞こえたりしました。
四
夏の晩方のこと、いなか町を、馬にから車をひかせて、ほおかむりをした馬子たちが、それへ乗って、たばこをすったり、うたをうたったりしながら、いく台となくつづきました。
ガラッ、ガラッと、そのわだちのあとが、だんだん、遠ざかった時分、こんどは、ドンコ、ドンコと、たいこをたたいて、町の中を、旅芸人をのせた、人力車が、列をつくって、顔見世に、まわりました。
あかね色をした、夕空には、火の見やぐらが、…