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しらかばの木
しらかばのき
作品ID51584
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 13」 講談社
1977(昭和52)年11月10日
初出「少国民の友」1943(昭和18)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-12-11 / 2017-11-24
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 さびしいいなかながら、駅の付近は町らしくなっていました。たばこを売る店があり、金物をならべた店があり、また青物や、荒物などを売る店などが、ぼつり、ぼつりと見られました。そして、駅前から、あちらの山のふもとの村々へいく、馬車がとまっていました。いぜんには、バスが往復していたが、戦争がはじまってから、馬車にかわったのでした。
 もうほどなく、馬車が出るというので、待合室にいた人々が、箱の中へはいりかけました。なかには大きな荷物をかかえた男がいました。たぶん山間の農家へあきないにいくのでしょう。またはでな日がさを持った、若い女がいました。これは、町へ出て働いているのが、法事かなにかあるので、休暇をもらい、実家へ帰るのかもしれません。ほかに一人、やぶれた学生服を着た少年が乗りました。少年は、このへんのもので用たしにどこへかいくのか、それとも、早く家を出かけて、もう用事をすまして、帰るみちなのかもしれません。それらの人たちといっしょに乗ったのが、このほど戦地から帰還した秀作さんでありました。
 いま、お話するのは、その秀作さんのことであります。秀作さんは、やはりあちらの山のふもとに生まれたのでした。幼児のころ父をなくして、その後は、ただ母親一人の手にそだてられて大きくなりました。そして、十五、六のころ、遠い町のほうこうにやられて、そこで一人前の職工となったのですが、かたときも忘れなかった、なつかしい母は、その間に死んでしまいました。
 こんど、戦争がはじまると、秀作さんは、寄留先から召集されて、勇ましく出征したのであります。
 あのはてしない戦線で、あるときは、にごった大きな川を渡り、あるときは、けわしい岩山をふみこえて、頑強にていこうする敵兵と、すさまじい砲火をまじえ、これを潰滅し、逃げるをついげきして、前進、また前進したのでありました。
 ある日のこと、これも山岳地帯であったが、わずかに谷をへだてて敵と対峙したことがあります。こちらは寡勢(兵の少ないこと)で、敵のほうは大部隊であるうえに、敵の拠点(よりどころ)でもあったから、打ち出すたまは、さながら雨の降るように集注されました。ヒュン! ヒュン! と、小さなうなりが、耳もと近くやけつくようにすると、左右に草の葉が、パッ、パッと飛びちりました。こうした場合、もしすこしでもひるむことがあれば敵はあなどって逆襲するのがきまりだから、ますます攻勢に出なければならない。いままで勇敢に戦っていた戦友が、ばたり、ばたりと前後にたおれていきました。それにつらかったのは、たまのつきかかったことでした。さいごには突撃するのであるが、そのときまで、残りのたまをもっとも有効に使わなければならなかった。秀作さんは、胸をはり、いきを入れて、一発必殺の信念をこらしました。このときふと一本の木立が目にとまりました。それはしらかばのようです。「…

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