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小さな妹をつれて
ちいさないもうとをつれて
作品ID51610
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-11-06 / 2017-10-25
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 きょうは、二郎ちゃんのお免状日です。お母さんは、新しい洋服を出して、
「これを着ていらっしゃい。よごすのでありませんよ。」と、おっしゃいました。二郎ちゃんの、いままで着ていた洋服はよごれて、ところどころつくろってあります。
「お母さん、これでいいよ。」と、二郎ちゃんは、いいました。こないだまで、こんな服は、みっともないといったくせに、きょうは、新しい服を着ていくとはいわぬのです。
「どうしてですか。」
「いいよ、これで。」
「三年生になったのですから、新しいのを着ていらっしゃい。」
「だって、お母さん、非常時でしょう。」
「まあ、それでそういうの。」
「なんでも、きょうは、これでいいのだよ。」と、二郎ちゃんは、いいはりました。
「みんなほかの人は、きれいにしていらっしゃるのに、おまえだけ、そんなふうをしていていいのですか。」と、お母さんは、じっと、二郎ちゃんをごらんになりました。
「だって、僕、わるいお点だと、新しい洋服など着ていって、恥ずかしいんだもの。」と、二郎ちゃんは、きまり悪そうに、いいました。
「ああ、それでそういうのですか。考えてごらんなさい、平常遊んでばかりいて、いい成績のとれるはずがないでありませんか。」
「僕、新学年から、勉強するのだ。」
「どうですか。」
「ほんとうだよ、お母さん。」
「いままでのように、遊んではいけませんよ。」
「お母さん、これから勉強するから、丙があってもしからない。」
「丙ですか、そんなわるい点があると思うのですか。」と、お母さんは目をまるくしました。
 お母さんは、これから勉強するなら、しからないとお約束をして、新しい洋服を着せて、二郎ちゃんをお出しになりました。
 二郎ちゃんは、自分でも、あまりいい成績とは思われなかったので、いくつ甲があるかなあと考えていました。先生が、通信箋をお渡しなさると、胸をどきどきさせながら開いてみました。体操が甲になっているだけで、あとはずっと乙の行列でありました。二郎ちゃんは、おしどりが行儀よく並んでいるので、おかしくなりました。しかし、お家へ帰ると、さすがに、元気よくこれをお母さんに見せる勇気がなかったのです。お縁側には、ねこがひなたぼっこをしていました。二郎ちゃんは、ねこが大好きでしたから、すぐそのそばへすわりました。ねこは二郎ちゃんを見ると、ごろりと横になって、あくびをしながら四つ足をのばしました。
「僕は、体操がうまいんだぜ、ほら甲だろう……。」と、通信箋をねこの鼻さきにひろげて見せたのです。
 こちらのへやで、お仕事をなさっていたお母さんは、二郎ちゃんの声を聞くと、
「二郎ちゃん、帰ったのですか。なぜここへきて、ごあいさつをしないのです。」と、おっしゃいました。
「うん、いまいくよ。」
 二郎ちゃんは、ねこの顔へ、自分の顔を押しつけてから立ち上がりました。



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