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中学へ上がった日
ちゅうがくへあがったひ
作品ID51614
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「台湾日日新報」1939(昭和14)年4月16日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-04-18 / 2017-03-11
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 毎日いっしょに勉強をしたり、また遊んだりしたお友だちと別れる日がきました。今日は卒業式であります。式の後で、男の生徒たちは、笑ったり、お菓子を食べたり、お茶を飲んだりしましたけれど、女の生徒たちは、さすがに悲しみが胸につかえるとみえて、だれも笑ったり、おせんべいを食べたりするものはありませんでした。
 哲夫は、校長先生のおっしゃったことが、いつまでも耳に残っていました。
「日本の非常時のことは、もうみんなよくわかっていると思います。これから世の中へ出て働くものも、また上の学校へいって学ぶものも、第一に体を大事にして、いかなる試練にも、打ち勝つ覚悟がなければならない。そして、お国のため、世の中のために働く、りっぱな人間となってください。これが、私からみなさんに申しあげる最後の言葉です。」
 いよいよ卒業した生徒たちが、お免状を持って家へ帰るときでした。校長先生は、わざわざ廊下へいすを持ち出して、一人、一人の顔をじっとごらんになりました。そのとき、眼鏡の底の先生の目は、涙でうるんでいました。男の生徒の中には、その前を平気で通ったものもあるが、女の生徒たちは、いずれもハンカチで目を押さえて過ぎました。
 哲夫は、学校の門を出ると、やはり悲しみがこみ上げてきました。もう明日からは、この門を通らないであろう……と、幾たびとなく振り向いて、あちらへ道を曲がったのです。
「宮田くん。」と、彼は、前へいく少年に声をかけました。少年は、立ち止まって、哲夫を見返ると、にっこり笑いました。
「宮田くんは、どこへ入ったの?」と、哲夫はききました。少年は、すこし顔を赤くして、
「僕は、もう学校をよして、家のおてつだいをするよ。」と、いいました。
「そうかい。」と、哲夫は、うなずきました。
 二学期のときでした。宮田がいったことを思い出したのです。
「僕、こんどの試験に甲を三つとれば、お母さんが、自転車を買ってくれるといったよ。」
 しかし、その後、自転車を買ってもらったという話をきかなかったから、甲が三つとれなかったのだろうと思いました。けれど、宮田くんのお母さんは、やさしい、いいお母さんだという感じがしたのでした。宮田くんの家は八百屋です。
「先生は、勉強をしても、働いても、その精神に変わりがなければ、お国につくすと同じだとおっしゃったから、大いに働きたまえ。」と、哲夫は、いいました。
「君は、どこへ入ったのだい。」と、宮田は、ききました。
「僕は、中学へ入ったけれど、ついていけるか心配なんだよ。」
「君は、だいじょうぶさ。」
「それに、君は、体が弱いんだものね。」と、哲夫は、なぐさめました。
「働けば、体が達者になるって、お母さんがいったよ。」
 二人は、途中で、右と左に別れました。哲夫は、また中学の入学試験にきていた不幸な少年を思い出したのです。当日、哲夫は、お母さんにつれら…

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