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母の心
ははのこころ
作品ID51656
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-11-10 / 2017-10-25
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この前の事変に、父親は戦死して、後は、母と子の二人で暮らしていました。
 良吉は、小学校を終わると、都へ出て働いたのであります。ただ一人、故郷へ残してきた母親のことを思うと、いつでも熱い涙が、目頭にわくのでした。
「いまごろ、お母さんはどうなさっているだろう。」
 仕事をしていても、心で、ありありと、あのさびしい松並木のつづく、田舎道が見えるのでした。橋を渡り、村からずっとはなれた、山のふもとに自分の家はあるのです。まれには、一日じゅう人と顔を合わさぬこともあります。急に母親が病気となっても、村へ知らせるものがないと思うと、良吉は、遠くにいても気が気でないのでした。
 母親も、また、同じように子供を思っていたのです。身寄りのない旅へ出て、さだめし不自由をすることだろう。どうか達者で働いてくれればいいがと、明け暮れ仏さまを拝んでいました。それで、良吉は、自分が達者でいることを知らせるために、毎日読んだ新聞を故郷へ送ることにしました。
「お母さん、手紙でなくても、新聞がいったら、私が無事でいると思ってください。」といって、やりました。すると、その後母親から、
「毎日、おまえから送ってくれる新聞を、ありがたく思っています。」と、喜んできました。親思いの良吉には、母親の喜びが、なにより大きい自分の喜びだったのです。
 彼は、仕事を終えると、毎夜、新聞をポストへ入れにいきました。凍てつくように冴える星空をながめて、
「故郷は雪かもしれない。寒い晩だが、お母さんは、もうお休みになったかしらん。」と、思ったのでした。
 良吉の出した新聞は、翌々日の朝、隔たった町の郵便局から、配達されました。いつも、それは、昼すこし前の、時刻にきまっています。
 母親は、戸口に立って、「もう新聞のくる時分だ。」と、あちらをながめていると、こちらへ急いでくる、配達人の姿が見えます。わき見をせずに、せっせとやってきます。
「郵便。」といって、息子からきた新聞を手渡すとまた、せっせときた道を村の方へもどっていくのでした。その年ごろは、ちょうど良吉と同じくらいの少年でありました。
 母親は、良吉が書いた上封の文字をじっとながめて、すぐにそれを破ろうとはしませんでした。
「二日めで、はやこうして届く。遠いといっても便利の世の中じゃ。」と、母親は、まだ汽車のなかったときのことを、考えていました。
 秋の末ながら、お天気の日は、黄色くなった田や、丘に、陽が当たって、なんとなくのどかな感じがしたが、みぞれが降り出すと、少年の配達夫は頭がら雨具をぬらして入ってきました。
「郵便屋さん、すこし休んで、お茶でも飲んでいってください。」と、母親は、いいました。
「時間までに帰らなければなりませんから。」と、少年は、新聞を置くと、急いで、いってしまったのです。
 ある日、良吉のところへ、母親から手紙がまいりました…

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