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春風の吹く町
はるかぜのふくまち
作品ID51658
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「台湾日日新報 夕刊」1940(昭和15)年4月7日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-04-04 / 2017-03-19
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 金さんは、幼い時分から、親方に育てられて、両親を知りませんでした。らんの花の香る南の支那の町を、歩きまわって、日本へ渡ってきたのは、十二、三のころでした。街はずれの空き地で、黒い支那服を着た親方は、太い鉄棒をぶんぶんと振りまわしたり、それを空へ高く投げ上げて、上手に受け取ったり、また、片方の茶わんに隠した、赤や白の玉を、別の茶わんへかけ声一つでうつしたりして、群がる人たちにみせていました。また、金さんは、でんぐり返りをしたり、逆立ちをしながら、茶わんの中の水を飲んでみせたのでした。親方は、日本はいいところだといっていました。
 ある日のこと、急に気分が悪いといって、親方は宿へ帰ると床につきました。金さんは、どんなに心細く感じたでしょう。お薬を買いにいったり、氷で頭を冷やしたりして、小さい子供の力で、できるだけ看病をしました。親方は、しわの寄った目じりに、涙をためて、
「おまえのことは、さっき、よく宿の人に頼んでおいた。日本の人は、困ったものを見殺しにしない。私が、もし死んだら、おまえは、正直に働いて、日本を自分の生まれた国と思って、永く暮らすがいい。」と、いい聞かせました。
 金さんは、その後、遺言を守って、本屋の小僧さんとなり、よく辛棒をしました。そして、一人まえになってから、小さな店を持ったのであります。金さんは、親方も、自分のように、両親がなく一人ぽっちだったこと、気短で、しかられるときは怖かったが、人情深い、いい人だったことなど、思い出しました。金さんは、お仏壇に親方の写真を祭って、命日には、かならず燈火を上げて拝んだのです。
 町の子供たちが、店頭に並べておく絵本や、雑誌をひろげて見ても、金さんは、小言をいいませんでした。子供たちが笑うと、自分も笑って見ていました。子供たちが帰ると、またきれいに、本を並べ直したのです。毎日のように店へ遊びにくる子供の中に、良ちゃんといって、ようすの貧しげな子供がありました。その子は、いつも金太郎さんの絵本を、きまって手に取り上げて、飽きもせずながめていました。そして、くまとお相撲を取るところへくると、うれしそうな顔つきをして、笑いました。
 ほかの子供は、本を見てしまうと、そこへ投げ出していってしまうけれど、良ちゃんだけは、ちゃんともとのところへ置いて帰りました。
「おれにも、あんな子供の時分があったのだ。」と、考えると、金さんの目には、人通りのはげしい、油のこげつく臭いが漂う、狭い夕日の当たる町の景色が浮かんでくるのです。足が疲れて歩けないのを、親方が手を引いてくれて、一軒の食べ物屋へ入りました。そこで鶏の肉のご飯を食べた。そのうまかったのが、いまだに忘れられないのでした。
 金さんが、正直で、いい人なものだから、店には、いつもお客がありました。故郷の人とも友だちができれば、また学生さんにも友だちができました。…

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