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春さきの朝のこと
はるさきのあさのこと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「小学五年生」1949(昭和24)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-04-04 / 2017-03-11
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 外は寒いけれど、いいお天気でした。なんといっても、もうじき、花が咲くのです。私は、遊びにいこうと思って、門から往来へ出ました。すると、あちらにせいの高い男の人が立っています。いま時分、戦闘帽をかぶり、ゲートルをしているので、おかしく思いましたが、
「まて、この人は、復員したばかりでないのか。そして、たずねる家がわからぬのでさがしているのではないか。」
 こう、考えなおすと、私は、しばらく、そのようすを見まもったのでした。どうやら、この人は、頭の上のさくらをながめているのです。
「ああ、ぶじに帰って、母国の花を見るのが、なつかしいのだろう。」
 こう思うと、私は、その人の気持ちに同情して、そばへ、いきたくなりました。私はつい、近づいて、いっしょに立ちながら、枝を見あげました。いつのまにかつぼみは、びっくりするほど、大きくなっていました。下を通っても、気がつかなかったなあと、思っていると、
「つぼみのさきが赤くなりましたね。」と、ふいに、おじさんが、私に、話しかけました。
 なんだか、私は、うちとけた気分になれて、
「おじさんは、いまごろ復員なさったの。」と、聞きました。
「そう、けさ、ついたばかりさ。しかし、花をこうして、二度見られるとは思わなかったよ。」
 おじさんは、私を見て、ほほえみました。
「きみ、学校は何年生になったの。」
「五年生。」
「そうかい、ほんとうに、子どもだけは、いいな。」と、おじさんは、いいました。
「どうして、子どもだけがいいの。」と、私は、聞きかえしました。
「きみ、ちっと、ここへかけない。」と、おじさんは、かきねの外がわの、切り石の上へ、自分がさきに腰をおろしました。けれど、私は、その前に立って、おじさんの顔を見ていました。
「子どもを、すきなわけを話そうかね。それは、どこへいっても、子どもは、しょうじきで純真だからさ。こちらへ、帰ってみて、おどろいたのは、だれにあっても、こせこせして、顔にやさしみというものがない。戦争前までは、あれほど、礼儀正しかったのがと、なにかにつけ、昔が思いだされてなさけなくなる。戦争は、形のあるものを焼いたりこわしたり、したばかりでなく、人間の心の中まですさましてしまったのだ。いま、ここに立っているちょっとのあいだも、いやなことばかりだよ。」と、おじさんがいいました。
 私は、いまと聞いて、どんないやなことが、あったのか、知りたかったので、
「どんなこと。」と、おじさんに、聞きました。きっと、おじさんは、教えてくれるだろうと思ったから。
「このごろは、あきすや、どろぼうが、横行するというから、むりもないが、ここを通るものが、みんな私の顔をつめたい目つきで見ていく。そうかと思うと、まだ働きざかりのわかものが、きょろきょろした目つきで、道に落ちたものをさがしながら、わき見もせずつきあたりそうにしていった。…

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